仕事場には私以外にもう一人
外国人が働いています。
パレスチナ人のマイクです。
「外国人」とは言え、アメリカ以外の国の出身という
意味で、もちろんアメリカシチズン
(アメリカ国籍)です。
パレスチナ人のマイクです。
☆
話がそれますが、もちろんと言う言い方をして
しまうのは、
外国からアメリカに<移住>して来て
永住権のまま住み続ける外国人は少ないからです。
たいていは市民権を取得してアメリカ国籍になり
アメリカのパスポートを持つことになります。
私の知る限りでは、日本人くらいなような気がします。
アメリカに何十年住んでも、必要に迫られない限りは
市民権を取らずに永住権のままでいるのは。
それは日本人はやはり歳を取ったら日本に帰るという
気持ちが誰もどこかにあるからだという気がするし、
アメリカ国籍になってまでアメリカ社会の中で働く、
政府や州の仕事につきたい
という意識もそんなに強くないからでは
ないかと思います。
アメリカでは政府関係の仕事(末端ではありますが)
についているアメリカ国籍の外国人を
よく見かけます。
友人のTOMOさんの奥様のMIZUMIさんの
永住権の面接で、面接官が最初は
チャイニーズで、MIZUMIさんは彼女の
なまりのある英語が聴き取れず、TOMOさんが
言って、面接官を変えてもらったというお話を聞きました。
我々から見たら、そんな重大な仕事に(アメリカ生まれ
ではない、英語が母語でない)外国人を
使うかなあと思いますが、
アメリカ国籍であれば関係なし。
私のあこがれだった<パークレンジャー>も
アメリカ市民でないとだめです。
私がもしまだ若くて永住権を持つ外国人だったら、
さっさと市民権を取って、
パークレンジャーになるけどなぁ・・・。
でもまあ老後は日本でと思えるということは、
それだけ日本がまだ<豊かな国>であり、
平和な国であるからだと思います。
アメリカに来て市民権を取る外国人たちは
もう自国に戻って暮らすことはないだろうという
人がほとんどで、帰りたくても
帰れないという政治的事情や、帰っても
生活など成り立たないという人もたくさんいるでしょう。
この国に来て、市民権を取って、もう
自分の住むべき場所はここと決めたという
外国人がほとんどのような気がします。
心の内はどうであれ。
☆
そして話は仕事場のマイクです。
彼は今は「アメリカ人」として
パレスチナに「観光」客として入れるのだそうです。
「外国人」とは言え、アメリカ以外の国の出身という
意味で、もちろんアメリカシチズン
(アメリカ国籍)です。
パレスチナ人のマイクです。
☆
話がそれますが、もちろんと言う言い方をして
しまうのは、
外国からアメリカに<移住>して来て
永住権のまま住み続ける外国人は少ないからです。
たいていは市民権を取得してアメリカ国籍になり
アメリカのパスポートを持つことになります。
私の知る限りでは、日本人くらいなような気がします。
アメリカに何十年住んでも、必要に迫られない限りは
市民権を取らずに永住権のままでいるのは。
それは日本人はやはり歳を取ったら日本に帰るという
気持ちが誰もどこかにあるからだという気がするし、
アメリカ国籍になってまでアメリカ社会の中で働く、
政府や州の仕事につきたい
という意識もそんなに強くないからでは
ないかと思います。
アメリカでは政府関係の仕事(末端ではありますが)
についているアメリカ国籍の外国人を
よく見かけます。
友人のTOMOさんの奥様のMIZUMIさんの
永住権の面接で、面接官が最初は
チャイニーズで、MIZUMIさんは彼女の
なまりのある英語が聴き取れず、TOMOさんが
言って、面接官を変えてもらったというお話を聞きました。
我々から見たら、そんな重大な仕事に(アメリカ生まれ
ではない、英語が母語でない)外国人を
使うかなあと思いますが、
アメリカ国籍であれば関係なし。
私のあこがれだった<パークレンジャー>も
アメリカ市民でないとだめです。
私がもしまだ若くて永住権を持つ外国人だったら、
さっさと市民権を取って、
パークレンジャーになるけどなぁ・・・。
でもまあ老後は日本でと思えるということは、
それだけ日本がまだ<豊かな国>であり、
平和な国であるからだと思います。
アメリカに来て市民権を取る外国人たちは
もう自国に戻って暮らすことはないだろうという
人がほとんどで、帰りたくても
帰れないという政治的事情や、帰っても
生活など成り立たないという人もたくさんいるでしょう。
この国に来て、市民権を取って、もう
自分の住むべき場所はここと決めたという
外国人がほとんどのような気がします。
心の内はどうであれ。
☆
そして話は仕事場のマイクです。
彼は今は「アメリカ人」として
パレスチナに「観光」客として入れるのだそうです。
パレスチナ人のマイクです。
彼は一見白人っぽい顔。
最初見た時はアメリカ人だと思いました。
でもそれにしては英語にアクセントがある・・・。
彼はパレスチナ人でした。
彼は仕事をもう一つしていて、今も
ヨルダン川西岸に住む家族に仕送りをしている
のだそうです。
彼とランチの時など、ブレイクルームで
二人だけになると、色々とアメリカとアメリカ人の
話になります。
今日も何からそういう話になったのか忘れましたが
アメリカ人のものの知らなさについて、つい
話の花が咲きました。
彼はフラッグスタッフにも16年住んでいるらしい
ですが、その前はニューヨークに住んでいたそうです。
ニューヨークではあなた何人?
イタリア人?フランス人?スパニッシュ系?
ときかれて、そのたびに(説明するのもめんどうなので)
はいそうだと答えていたそうです。
たまにパレスチナ人だと言っても、
パキスタン?と聞き直されるのが精一杯だったと。
それで私がロサンジェルスにいた時の
今も記憶に残るある話をしました。
サンタモニカかビヴァリーヒルズだったかの
パブリックパーキングの料金所で働いていた
若い、ちょっと肌の色の黒い男性。
お金を払った際に、ついあなたはどこから来てるの?
とたずねました。
<ジョーダン>という彼の英語の答えに、
私が、ミドルイーストなの、と言ったら、
へえ、どうしてわかったの?と逆に聞き返されたので
だって<ジョーダン>でしょ、と私。
英語では<ジョーダン>ですが、要するに
ヨルダンのこと。
すると彼が話してくれたこと。
この国でぼくが<ジョーダン>から来てると言っても
みんなジョージア?って聞き返すんだ。
誰もジョーダンって言う国すら知らないんだよ。
☆
私がマイクに日本では世界史も世界地理も習うよ。
と言ったら、自分の国でもそうだ。
世界史の教科書なんてこんなにぶ厚くてね、
と両手本の厚みを見せながら、
ぼくは大嫌いだったけど、と笑っていました。
この国は教育が貧しいよ、アメリカ人はものを
知らないよね。
彼は辛らつです。
彼はキャッシャーで
いつもレジでお客さんの対応をしています。
つい先だっても9・11で3000人以上も死んだという
話をアメリカ人のお客がしたんだけど、
じゃあアメリカは世界中で一体どれだけの
人を殺したんだよ、日本は2個の原爆で
一体何人死んだの?50万人?
ヴェトナムでは?イラクでは?
まあ今の仕事場には彼のような「外国人」
がいてくれるので
二人で世界の常識から見た<真実のアメリカ>
についてのしばしの会話で、日ごろのアメリカ人
に対するストレスを少しは解消出来ています。
私も今の仕事を始めた頃、
ブレイクルームで私をチャイニーズと言った若い
男性従業員に対して、
彼女はチャイニーズではなくて日本人だと訂正して
くれた、その場にいた(あとで知りましたが)ホピの
スタッフの女性に、中国人でも日本人でも何だって
WHATEVER
と言ったんですよね。
私は何も言いませんでしたが、すかさずその
ホピの女性がそういうことを言うものではないと
彼を制しました。
あとでわかったのですが、彼女もこの国に対しては
かなり批判的な考えを持つ人のようでした。
私が知っているホピの友人や知り合いとは
ちょっと雰囲気の違うホピですが、
仕事場が変わってもホピがいるってちょっとうれしいです。
☆
私はいまだあまり口を開かないようにしているし、
仕事場では誰も私に関心も持たないので、
そういう意味では助かっています。
仕事場ではなかなか写真は写せないので、
写真のないブログが続いていますね・・・。
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