2012年5月12日土曜日

この歳になって(なったから?)初めて・・・飛行機に乗り過ごしました

日本へ行っていた間のことを少しずつアップしようと
思いますが、これはちょっと、いえかなりとんまな
私のドジ話です。


成田からロサンジェルスの空港に到着した
私は、セキュリティを通ったところでたまたま
話した台湾人の男性が、日本に留学もしていて
日本語もぺらぺらで、ちょうど彼もアメリカン航空で
セントルイスへ行くということで、
フェニックスへの乗り継ぎの私と、お互い
ゲートを確認してそちらへ向いました。


彼のゲートは45、私は44Hでした。
途中で別れて、私は44Hのゲートへ。
ここには44Dから確か44Iまでのゲートが
並んでいました。
搭乗を待っている間、文庫本を読んでいて、
腕時計が11時20分だったのは覚えているのですが、
どうもその直後にうとうととしてしまったようでした。
搭乗時間のはずなのに、周りの人たちは
動かないなあと夢うつつに思ったのが最後。
はっと目を覚ましたら、私の名前が呼ばれてる。
44B(ほんとは44Dでした)まで来てくださいと・・・。
あわてて近くにいたアメリカンイーグルの男性に
44Dゲートの場所をきいたら、この入り口の端だと。
そちらへ向っていたら再びのアナウンス。
私はまた戻って、端っこのゲートの搭乗案内を
していた女性のところへ。
でも時すでに遅し。
乗り込んでいない私への最後の搭乗案内だったのです。

もう飛行機のドアは閉めたので、乗れなません。
だってアナウンスも何もなかったじゃない。
スクリーンに提示されるのよ。
そんなの見てない・・・。
次の便は午後の10時。
それはあり得ない、だって私のハズバンドが
フェニックスまで迎えに来て待っているの・・・。
ちょっと待ってて、スーパーヴァイザーに話して
みるから。
しばらくして戻って来た彼女、こういうことは本当は
出来ないんだけど、と断わって、
2時間遅れのユナイティッドの便に乗ってください。
あ~!サンキュー!
つれあいには申し訳ないけど、2時間遅れなら
まだ3時過ぎ。
夜の夜中になるよりはよほどいい。

と言うわけで、まあフェニックスの空港でも
入れ違いというハプニングもありましたが、無事
つれあいとも会うことが出来たしだいなのでした。

 

が、この話にはオチがありました。
10日の夜に日本で撮って来た写真をコンピューターに
ダウンロードしていたら、
LAXで写したこんな↑写真が・・・。

この向って右のスクリーンには

ゲートの変更。
次の2便のゲートが変更になりました。
・・・便は44Hから44Bに・・・。

そう、はなっからゲートのチェンジなんて
考えてもみなかったから、
写真に撮っていても、内容を見てもいなかったのです。
そういうことがあり得ると理解していたら、
あちこち見てチェックしていたと思うのですが・・・。

アメリカの国内線ではゲートのチェンジは
しょっちゅうだとあとで友人やマサさんにも聞いて
あちゃ~でした。
そう言えばアラスカでひと夏ガイドをした時も
いつもゲートの変更に神経を尖らせてた。
バカでした。
2時間余分に待ってくれたわがつれあいに
お詫びと感謝でした。

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