2015年10月28日水曜日

サンタフェへ 6)オルテガで起こったこと、オキーフの家








チマヨの教会から、オルテガへ。

ラグを選んでいたら、ドアを開けて
入って来たカップル。

男性の方がジョージア・オキーフの家、
ゴーストランチのTシャツを着ているのを
すばやく見つけた家人。

あの人(ゴーストランチのことを)何か
知ってるかもしれないから聞いてみよう、
ということで、
話しかけてみました。

すると何と、彼らはまさにゴーストランチ
から来たとおっしゃるではないですか。

ぼくたちは1週間泊まっているんだ。

泊まれるの?!と私。

泊まれるし、食事も出来るよ。


ヒューストンから来たというお二人、
彼らはもう10年以上、
毎年ゴーストランチに1週間滞在するのだと。

さっそく行き方を聞いたら、
奥様がホテルのメモ用紙に行き方と
ご自分たちの名前と電話番号まで
書いてくださいました。









途中でもう1度道を聞いたりしつつ、
スティーヴとマリアン夫妻の住む、
オーケイオウェンガのリザヴェーションを抜けて、
ついにたどり着いたゴーストランチ。


結局ここはホテルとレストラン、
ギフトショップなどがあり、
実際のオキーフの家には
ツアーでしか行けないことがわかり、
午後1時からのツアーに
親子3人が滑り込めました。


食事もしたかったけれど、
待ち時間があまりなくて、少し待って
オフィスの奥の部屋で短いヴィデオ
を見た後、オキーフの家まで行く
小型のツアーバスに乗り込みました。

持って乗れるのは携帯か
小さなカメラだけ。

バッグはオフィスのロッカーか、
自分の車の中に入れておかないといけません。








5分ほど走って、バスを降りて、
ガイドの男性に続いて中に入ります。

説明が終わって家の外に出るまでは、
写真撮影禁止とのこと。

なのでこれらの写真は、ツアーが終わってから

外だけを撮ったものです。


ジョージア・オキーフがサンタフェの病院で
98.5歳で亡くなる直前まで住んだ家。

庭もそのまま、今もやはり
当時のガーデナーのお孫さんが
管理しているのだと。

家の中に足を踏み入れて、
そしてパントリーに入った時の感激。

赤い、古いルクルーゼと思しきお鍋たち、
うちのあるのに似た、南部鉄瓶、
いつだったかオキーフミュージーアムに
展示されていた写真で見た、
あの壁に棚が並んだだけの
シンプルなパントリー。

並ぶメイソンジャー、
当時のままのメイソンジャーが入っていた
古びた箱たち。


私は感激のあまり、涙すら出そうに‥‥。


続くキッチンには、
すでにアメリカの代表的な台所用品
のブランド、
キッチンエイドの初期モデルの
ディッシュウォッシャー。

当時はまだ電気も通っていなくて、
家のすべてのユーティリティは
プロパンガスで賄われていたこと。

窓から見える外の景色。

すぐそばで、
ジョージア・オキーフが静かに
座っていそうな気配すら感じてしまいました。



オキーフは石を集めるのも好きで、
家の内、外のあちこちに、
どこかで拾って来た丸っこい楕円の石たち
が彼女の美学に従って
並べられていました。









ツアーが終わって、ランチに戻る
バスの中で、ガイドの男性が
話してくれたのは、ごく最近、
サザビーでオキーフのある絵が競売
にかけられて、5、6百万ドルかと
言われていた予想をはるかに超えた、
4440万ドルで落札されたのだと。

さて、誰が落としたと思う?と彼。

答えは何と、ウォールマートの社長の
女性だっという話には驚きました。

ウォールマート、儲かってるんですね(笑)。

でも彼女いわく、外国に
持って行かれたくなかったのと、
アーカンソーにもこんな絵がある
美術館があれば、
人々が足を向けてくれるのではないか
と思ったのだと。




 

⭐️



今回、チマヨのオルテガで出会った男性
が着ていたTシャツから、
ジョージア・オキーフの家を訪ねるツアー
にまで参加出来て、
予定外の超超うれしいハプニング。

こういう出会いってあるのですね。

ジョージア・オキーフをめぐる
今回のサンタフェへの旅で、
最後に訪れることが出来た、
オキーフが愛したアビキゥの地。

オキーフがここに引っ越して、
亡くなるまでの37年間見続けたこの風景‥‥。


私たちはもう1つの美術館で展示されている
オキーフの作品を見るべく、
サンタフェへと戻りました。




人生の大半は偶発的なもので
形成されている

by ポール・オースター
















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