2013年4月4日木曜日

アメリカ、移民の歴史を絵で描いたようなこの人の人生



BASHAにはクルマじゃなくて、馬車(ばしゃ)で行くわ、
などと、ここへ引っ越して来た当初は
冗談を言っていたスーパーマーケット、BASHA’S。

家からいちばん近いのですが、あまり
と言うか、ほとんど行くことのないマーケット。
私にはあまり魅力のないスーパーだったかな・・・。

そのBASHA'Sの代表であったエディ・バシャ氏が
3月26日に75歳で亡くなったというニュースが
今週(昨日)発刊の<ナバホ・ホピオブザーヴァー>

のトップ記事です。

バシャって変わった苗字だなあと思っていたら、
バシャファミリーは何とレバノンからの移民。
19世紀の終わり!にレバノンからニューヨークに渡り、
1910年にアリゾナに移ったのだそうです。




バシャはナバホのリザヴェーショの Tuba City
と Dilcon にお店を出しています。
フラッグスタッフにある全米、あるいはアメリカ西部
にまたがるスーパーマーケットチェーンは
3つありますが、アリゾナベースはこの
バシャだけ。

そしてなぜこのお店がナバホの地にオープンしているのか。

それはこうでした・・・。



亡くなったエディー氏の父親とおじさんが
フェニックスの南のチャンドラーで最初に
バシャを始めた時、
主たるお客さんは近くに住む

ギラリヴァーピマインディアンだったのだそうです。

彼らは家畜やメスキートの薪や自分たちが収穫した
ものを持って来て、自分の父親やおじさんに
売っては、お店で必要なものと交換していたと言います。
父親もおじさんもピマ語を話し、彼自身も
ピマたちに混じってダンスをしたり、ピマ語で
歌を歌ったりして、その記憶が彼に
ネイティヴアメリカンへの深い理解と愛情を
植えつけたのだと
広報の男性が話しています。



まさにアメリカ移民の成功例を絵に描いたような話。
しかも場所がアリゾナだったものだから
レバノンからアメリカインディアンへと
話は続きました。

そんなストーリーがあの Basha's にあったとはね。

西部を目指したのは白人ばかりではなかったんですね。




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