2011年1月13日木曜日

破壊が好きなアメリカ人と銃社会

アメリカのテレビコマーシャルを見ていたら、
意味なくものを壊したり、結果的に壊れるというシーンが多いって
感じませんか?
ものを壊したり、食べ物がいっぱい並べられたテーブルにどすんと
何かが落ちてきて、ぐちゃぐちゃになるとか。

今までそういうことをどこかで書いたり話したりしたことは
ありませんが、私は常々そう感じていました。

どの会社の、何の商品の、と言われたら思い出せませんが、
それで何が言いたいんだろう、何を訴えたいんだろう、
何の意味があるんだろう、という破壊行為が
よくコマーシャルのシーンに出て来ます。

私の頭の中では<破壊すること>と<銃>がどうも
結びついてしまいます。
もっと言うなら<FORCE(力、武力)>という言葉が好きなアメリカ人は
破壊、暴力が好きなのではないか。


それが無意識的にああいうコマーシャルにも表れるのではないか。




このアメリカ大陸は、この土地で外国との戦争こそなかったけれど、
インディアンを殺しまくった、血塗られた歴史があります。

アメリカの歴史は現在まで、戦争の歴史であると言っても
過言ではないでしょう。
自由、民主主義の国という反面、
<FREEDOM IS NOT FREE>という標語もバンパースティッカーもよく見ます。
<自由はただじゃない
という言葉の裏には自由を得るには、それなりの犠牲が払われる
ものだと言われているように感じてしまうのは私だけでしょうか。


写真のルガーのカタログは仕事場の近くの<ピストルパーラー>で
もらって来たもの。
想像してみてください。
こんな危なっかしい怖ろしいものが簡単に手に入るのですよ、この国では。
私たち日本人の感覚、いえおそらくたいていの先進国に住む人の
感覚では「簡単」と言ってしまっていいくらいたやすく銃が
手に入る社会なのです。


銃の規制というより(百歩譲って狩猟のためにはある程度少しは
仕方ないとして)この国は銃をなくすことを考えなくてはいけないと思います。

自由とわがまま(自己チュー)は違うのです。





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