2011年8月31日水曜日

二日月


100マイルクラブも終わって、あとは次の日曜日の
セカンドメサ、ションゴパヴィでの
ルイス・テマニワ10Kを残すだけ。
と思っていたら、日曜日のレースで再会した
(ローレンスの娘さん。事故でお孫さんと二人助かった)
イヴァがさっそく
また別のレースの情報を送ってくれています。
10月にキコツモヴィであるハーフマラソンです。
今の私にはハーフはとても無理でしょう。
でもイヴァと一緒に走れるのなら、挑戦してみたい気も
します・・・。
走るとしたら多分10Kでしょうね。

話がそれますが、イヴァはまめな人で、
とてもまじめな暖かい人でもあり、
私たちくらいの年齢の女性にしたらとても
真摯なランナーです。
だって彼女、12月にあるラスヴェガスでの
ハーフマラソンも走ろうかなと思ってる、と
先日のレースの後、話していましたから。

今日は何となく走りたい気分。
それで仕事が終わってバファローパークへ
久しぶりに走りに行きました。
走り終えて見た、夕焼けの入道雲。




途中の丘の上で見た糸のように細い
(あとで調べたら)二日月。


バファローパークの帰りにニューフロンティアマーケットに
寄り、買い物を終えて外に出たら、外はもう
真っ暗。東の空にはやはり二日月が。



夜の闇に浮かび上がるサイン。
こうやって見ると、そんなに悪くないじゃないですか?

明日は仕事はオフです。

そして今日は8月最後の日でした。

久しぶりにジュエリーを買う


日本でも名前の知れたホピシルヴァースミスの
ロナルド。
日本からのオーダーでバックルを作るのに
18ゲージのシルヴァーのプレートを買いに
来ましたが、18ゲージはただ今欠品状態。
彼がたまたま持っていたジュエリーを見せてもらいました。



バジャーカチーナです。
BADGERはイタチ科のアナグマ。
ホピでは地中に住む動物は植物(ハーブ)に詳しいとされ、
薬草を司ると言われています。
ロナルドもバジャーはメディスンマンだと言っていました。


彼の手法は独特です。


これでカチーナのジュエリーがまた1つ増えました。
うれしいな。
ジュエリーを買ったのは久しぶりです。

マリアンにコーラルを見せてもらう


ランチタイムにお店の近くにあるスティーヴと
マリアンのスタジオへ。
先日のインディアンマーケットの後、彼女が
いつも買う、イタリアから売りに来るという男性から
買ったコーラルを見せてもらいに行ったのです。


コーラルはマリアンがおもに使うのですが、
いつもはもっと買うらしいです。
サンタフェのインディアンマーケットに
ブースを出している中の限られたアーティストにだけ
彼は売るらしいです。
もちろんもっとすごいのはもっと有名なアーティストが
買うんだけどね、とマリアン。
お値段はアーティスト用につけられているので
この大きさとクオリティのコーラルにしては
決して高くはないです。

前から話しておいたので、3連だけ分けてもらいました。
珊瑚はすでに今もそうですが、どんどん
手に入りにくくなっているし、値段も上がる一方です。
普通に手に入るコーラルと言えば今や
ほとんどが染めたバンブーコーラルです。



最近はちょっと見ていませんが、お店のお客さんで
<コーラル>という名前の女性がいます。
(すてきですよね)
古い友人の息子さんはお母さんがアメリカ人。
<さんご>という名前です。
ちょっといいでしょう?

日本では珊瑚は昔から女性のお守りだと聞いた
ことがあります。
日本に帰っていた時、デパートで休憩していた時に
となりに座っていらしたおばあちゃまが結った髪に
つけていた髪飾りに目が留まって、すてきですね、
と話しかけたことから会話が始まって、その方が
そう教えてくださいました。



今までなぜだかコーラルが好きなのに、手が
出なかったのは以前コンサートで見た、
メキシコの女性シンガー、
リラ・ダウンズがあまりにもゴージャスな珊瑚の
ネックレスを身につけていて、その印象が強烈で、
どんな珊瑚を見ても
何だか見劣りがしてしまったからでした。

でも今日マリアンから譲ってもらった
コーラルもすてきな赤い色で、きれいな形です。
ネックレスを作るのが楽しみ。
どんなデザインにしようかな。

思わずすてき!と・・・


お店のレギュラーカスタマーである
レオの奥さんが朝、買い物に来ました。
彼女がつけていたイヤリングに目が留まって
思わず、ワーォ!


彼は石を使ったズニタイプのジュエリーを
よく作る人で、カラフルな彼のジュエリーは
私にはちょっと派手過ぎて、彼のジュエリーを
買ったことはありませんでした。



石は使っていても、こんなシンプルでオールドスタイルの
スタンプワークなら大好きです。
さっそく私はコーラル(珊瑚)で作って
欲しいとオーダーしました。
彼もフラッグスタッフ近辺でシルヴァーのジュエリーを
作り続けている白人のシルヴァースミスの
一人です。
かつては(ゴローズの)ゴローさんも
見知っていたようです。

久しぶりにちょっとわくわくしたジュエリーに
出会いました。

2011年8月30日火曜日

学生町に住むということ

私たちが今住む、このフラッグスタッフに引っ越して
5年半。
今住んでいるアパートは、アパートを探していた時、
たまたまこの近くのアパートに
空き部屋がないかオフィスに寄った時に、
うちは空きがないけど、と言ってその時の
そのアパートのマネジャーが、ここは静かだからと
教えてくれたのが今住んでいるアパートでした。

学生専用と言ってもいいくらいのアパートが
立ち並ぶこの町で、ここは普通の働く市民が
多く住むアパートで、だから静かなのでした。

それがこの夏から崩れつつあります。
日曜日のレースの前の晩もそうでしたが、
週末になると大勢が集まってパーティ。
音楽、ゲームの音が夜中を過ぎても続きます。

今までも私たちの住むビルディングに
学生は住んでいましたが、大学院生だったり、
看護学生だったりで、
夜遅くまで大勢が集まって騒ぐということは
ありませんでした。

でも5年でここも様変わりです。
アパートの近くには新しい公営バスの停留所が
2つも出来て、いかに市も学生への援助に
力を入れているかが覗われます。

アパートのマネジャーが言うには今年は特に
新しく入学した学生が多く、だからここも
こんなに学生が増えたのだと。
友人や知り合いがいて
訪ねたバークレー、サンタクルーズ、ユージーンなど
学生町を知っていて、学生町が大好きな私たちには、
このフラッグスタッフはなぜかあまり学生町という
感じがしません・・・。
あえて言うなら文化の香りがしない・・・。

どこの学生もそんなにパーティ好きなのでしょうか。

新しいマネジャーがさっそくまた
「警告」のお手紙を各部屋のドアにはさんで
いましたが、効果のほどはいかに・・・。
彼女が我々<働ク庶民ノ味方>
なのがせめてもの救いです。

2011年8月28日日曜日

バカヴィでバタフライダンスを見る



レースが終わって私たちは
イヴァをションゴパヴィの実家(ローレンスとグリセルダの家)まで送って行きました。
家にはグリセルダもいて、思わずハグ・・・。
前に会った時よりはずっと元気そう。
顔色も良かった。
来週にはルイス・テマニワのレースで来るからね、
と言ったら、走り終わったらまた寄ればいいよ、と。
この日はこのすぐ後、ションゴパヴィで
クランレースというレースがあり、
走り終わったらプラザで朝食が食べれるよ、と
誘われたのですが、私たちはサードメサへ行く予定
だったので、これはパス。
昨日の土曜日にはフルートダンスがあったのよ。
フルートダンスはまだ見たことがありません。
いずれにしろ土曜日1日だけなら無理でした・・・。


<><><>

こんな↑風景を横目にバカヴィへ。
今日はバタフライダンス。
の写真はダンスを見に行く時の私なりの正装(?)。
マリィのシスター、ファーンがサッシュの結び方を
教えてくれました。
ちなみにこのベルトは子供用。
ファーンは障害児教育のマスター(修士)を持っていて
(この日初めて知りました)、TUBA CITY の学校で
教えています。
長年自分のお母さんとだんなさん(彼も名の知れた
シルヴァースミス)のお父さんのめんどうをみて、
今は二人とも亡くなり、
来年はリタイアしようかなと思っているの。
長いこと自分たちの時間を親のめんどうを見るのに
費やしたからね。

今度来る時は普通のサイズのサッシュを
持って来るから、またちゃんと教えてねと
私はファーンにお願い。
↓が彼女が結び直してくれた正式なホピの
サッシュの結び方。



マリィの実家では古いパイレックスがいまだに大活躍。
これはホワイトコーンとマトン(この日はビーフでしたが)
のシチュー。
食べる時にお塩を少し足していただきます。

この日のバカヴィのバタフライダンスには
キコツモヴィ、ホテヴィラ、モエンコピからも
グループが参加していて、
それぞれ違うダンス、凝ったコスチュームで
とても豪華なダンスが見れました。
カチーナダンスではないので、ダンサーの
親戚や友人たちは(もちろんホピ)
写真も写していましたが、私のようなアウトサイダーは
もちろん×。
マリィに頼んで私のカメラで撮ってもらうことも
出来たかも知れませんが、
私はあまりそういうことはしたくないので、
ダンスの写真はなし。
マスクはつけてないものの、コスチュームは
圧巻でした!
見に来る女性たちも蝶々のデザインのペンダントや
リング、ヘアータイなどどこかしらに
蝶々のものを身につけています。

35℃近くある、炎天下でのダンス。
たった一つのドラムの音がプラザに響き渡ります。
歌い手も1グループに30人くらいいて、
外から来たグループの歌はカチーナダンスの時と
打って変わって
パウワウで歌われる歌のように、テンポが速く精悍。
ダンスを2循環見て、私たちはバカヴィを
後にしました。

前夜の睡眠不足の割りにはあまり疲れも
感じない帰路でした。

Climb the Mesa to Conqueer Cancer Run&Walk


(歳は取ってもついこのポーズ。やっぱり日本人・・・)
朝2時45分起床。
だってスタートは6時でしたから。
昨夜はご近所さんの学生たちのパーティーの騒音で
睡眠不足。
でも何とか家を3時22分出発。
2時間弱でセカンドメサのカルチャーセンターに到着。
そこではトリニに遭遇。

       車はこの近くに停めて、ホピのシャトル
(と言ってもヴァンかトラックの荷台)で
スターティングポイントまで移動。
ちなみにこの日見たホピトライブの公用車は
トヨタのハイランダー。
賢い選択です。
スタートはセカンドメサのふもと
カルチャーセンターから5~6マイルあります。
急な坂道をトラックは時速80キロほどで
飛ばします。
荷台に乗って目の前に広がるセカンドメサの
景色に見とれているのは私ぐらい。
周りはみんなホピです。
彼らには目新しい風景でも何でもないでしょうから。

結局スタートは遅れに遅れて6時33分。
このレース&コースを走るのは今年が2度目で、
私にはあまりコースの記憶がなく、
つれあいにはけっこうフラットなコースだったと・・・。
ところが、Climb the Mesa と言うだけあって、
ほとんどが上りの急な坂。
こんなに上りばっかりだったっけ・・・。
上っても上ってもくねくねと上り坂が続きます。
案の定つれあいは後でコンプレイン。
このイヴェントはレースではないのでタイムも
計りません。
目的はただがん予防のためにみんなで
参加すること。

レースの主旨が主旨なので、1マイルごとのウォーター
ステーション、スタッフのヴァンと救急車が
伴走してくれているし、ウォーターステーションの
間には困ったことがあれば次のステーションで
言ってね、大事に至らないうちに、という
手書きのサイン。
なのでとっても安心して走っていられます。
他のレースと違って、トレールの奥を走るわけ
ではないので車のアクセスもしやすいからでしょう。

私は1時間13分でゴール。
最近の体の疲れから言えばまあまあの結果でしょうか。

最初の数マイルは体が重くて、先日の
オライビのレースの時とは大違い。
でも急な上りも出来るだけ歩かないようにして、
何とか予想よりは早くにゴール出来ました。
村上春樹さんではありませんが、
上りで追い抜く。
ホピも含めてアメリカ人は下りでは飛ばしますが、
上りが苦手なのです。

最後のウォーターステーションには
オライビのレースのオーガナイザーである
ジュワンが去年と同じようにいて、
思わずハグ。
まあ、この後もけっこう距離はあります。
ホピのシルヴァースミス、ジェラルドの家が見えた
ところでつれあいはもうすぐだと思ったみたい
ですが、ゴールはまだまだ。
ジェラルド~と家に向かって今年も叫んでみましたが、
今年は誰も外で応援はしていませんでした。
去年は奥さんのイヴェットがいたのですが。

    ホピ・ハイ(スクール)のクロスカントリーの
選手と思しき若者たちを含め、
若い男性たちはとっくにゴールしていたようで、
私が何番目だったかはわかりませんが、
走り終えてみたら、やっぱり走って良かった・・・。
最後の上り坂で、
がんで亡くなった父を含める私の肉親やら親戚、友人、
2年前に亡くなった(マーカスの奥さんの)ルース、
ここで知り合った、がんと向き合っている親しい友人や
その家族、
今にもがんの宣告を受けようとしている義姉、
そんな人たちのことを思い浮かべて、思わず
涙が出そうに。
このレースは誰もがそんな思いで走ったり歩いたり
なのです。
ちなみにつれあいも健闘しました。
  ゴール後のリフレッシュメントのスイカやバナナを
むしゃむしゃ食べていたら、
トリニのシスターのルーシー、
ローレンスの娘さんで6月の事故でムチ打ちに
なっていたイヴァも参加していました。
二人ともつらいことを乗り越えて走っていました。

写真はほとんど撮れなくてまたまた
↑のような写真でお目濁しですが。




今年はTシャツではなく、こんなリュックと
サンバイザー。
頭が大きいつれあいにはこのサンバイザー、
きついみたいです。
プラザでダンスを見る時にはいいですよね。
帽子以外なら、傘かサンバイザーならOKですから。

      この後クリスティンをションゴパヴィまで
送って行きました。

2011年8月27日土曜日

レースの前はやっぱりパスタ・・・かな


今日はランチはピッツァ。
少々疲れすぎて、ランチのメニューが思いつかなくて・・・。
こんなことはめったにないのですが。
せっかく食べるなら美味しい方がいいと、
先日も行った家の近くのピッツァ屋さんまでドライヴ。
町の東から西まで20分はかかります。
ピッツァが焼けるのを待っている間に
かまどの下に積み上げられた薪に目が留まりました。
これがクラストの香ばしさの秘密でしょうね。


さて明日はまたホピでレース。
明日のレースは6時スタート。
この前のオライヴィの時よりまだ30分早い!!
遅くても朝3時半には出発しないと間に合わない。
でも、レースの前はやっぱりパスタ?!
というわけで全くのあり合わせでやっぱり
作りました、パスタ。
ホールフーズで買っていたすごくいい香りの
美味しいベーコンたっぷり。
にんにく、トマト、ベイジル、(時間があれば
トーストすればもっと美味しくなる)クルミを少々。
写真写りは悪いですが、美味しかったんですよ、
これが。
お腹も満腹。
さてあとは寝るだけ・・・。

2011年8月26日金曜日

真夏(はもうとうに過ぎましたが)の夜の夢



今日は女性限定トピックです。
ちなみに上の写真は今日のサンセット。

あなたが女性なら次のどの男性をボーイフレンド
(あくまでもボーイフレンド。夫でも彼氏でも
単なる男ともだちでもありません)に
持ちたいですか?

1.料理の達人
とまで行かなくても、あなたにあなたの好きな
美味なものを作って食べさせてくれる人。

2.音楽の達人
あなたにすてきな歌を作って、ギターを弾きながら
歌ってくれる人。

3.ジュエリーの達人
あなたの好みのジュエリーを作って、はい、
つけてみてと差し出してくれる人。

(食い意地の張ってる)私はちなみに
1番の男性です!
私は何もしないでただすわって待っているだけ。
そこにさっと出されたお料理。
美味しい!
これが私の真夏の夜の夢・・・。

薪で焼くピッツァ


めったに外食はしない私たちですが、
昨日は家から近い方の、かまど焼きピッツァ屋さんへ。
何と言ってもこのだだっ広い空間が魅力的です。



一見ピザ職人?に見えないオーナーシェフの
リチャードですが、ピッツァのドウを空中に飛ばせて
くるくると回していました。
オープンキッチンで働く他の男性も、
他のスタッフも何が違うのかと思ったら、
誰も太っていません。
それどころかみんなしゅっとした体型。
こういうことって以外と見落としますが、
やはり体型と動き、動作って関係しています。
太っている(それもこちらの太り方は半端じゃない
ですからね)人はとてもてきぱきとは動きません。


ピッツァもなかなか美味しいです。
それにしてもこの小さな町に一体何軒のピザ屋さん
があるでしょう。
ドミノスやピザハットを含めて20軒くらい・・・?
この間行ったダウンタウンのレストランも含めて
ピザ屋はまだ増え続けているのですからね・・・。


もう今や欠かせないレストランの<エコ>グッズ?
とうもろこしから作ったコンポスト(堆肥)に
なる(一見プラスチックな)カップ。
ダウンタウンのディアブロバーガーもそうですが、
大量消費の外食産業からそういう<エコ>な取り組みは
なされるべきなはずですよね。

ちなみにこのレストランはアルコール類を出しません。
ちょうど隣りがワインショップ。
そこで買うなり、ワインを持ち込んでも、ワイングラスも
貸してもらえて、チャージはなし。
また隣りのワインショップのお客さんからも
ピッツァのオーダーも入って、
お隣り同士でちょうどいまく行ってるようです。
これってこの町ではいいやり方かもね、とつれあいと
話しました。
あまりお金のない学生がメインのお客であるこの町の
レストランでは、お酒は値段が高いので
お水で刺身やおすしを食べる人が多勢です。
お酒の持ち込みOKなら、アルコールの値段を
気にしないでフードのオーダーが出来ますものね。

もちろんレストランとしてはアルコールが出た方が
売り上げは上がるのでしょうが。

話はピッツァに戻りますが、かまどで薪で焼く
ピッツァは、何と言ってもクラストがもちもちとして
美味しいです。
ピザ屋さんで思い出しましたが「ノルウェイの森」にも
ちらっと出て来る、名前は忘れましたがサンタフェに
あったピザ屋さん。
まだあるのかしら・・・。

2011年8月24日水曜日

ミルクグラスじゃないキンバリー?マグ


今日寄ったスリフトショップでもうひとつ見つけたもの。
ミルクグラスじゃない、キンバリーマグ。
ガラスのって初めて見ました。
私はコレクターでもないので知識もなく
このマグの正式な呼び名はわかりませんが、
きれいな茶色、しかもまっさら。
というので2つだけ買いました。


白いミルクグラスのと2つそろえてぱちり。
今日買ったレコードも1971年発売。
このマグたちもきっとこの時代に作られたものでしょう。
もう2度と再び作られることのないものたち。
だからよけいいとおしくなるのでしょうね。

そんなことを考えながらまだ
ダイナ・ワシントンを聴いています。

ダイナ・ワシントンでリラックス


今週はいつもとスケジュールが変わって
水曜日がオフです。
ダウンタウン近くのめったに行かないスリフト
ショップをのぞきました。
ここであまり掘り出し物を見つけたことはありません。
ある時、LAカウンティミュージーアムであった
ジョージア・オキーフ展のフレーム入りポスター
を見つけて買ったくらいです。
が、スリフトショップなんて、タイミングなので、
久しぶりに入ってみました。

半地下のフロアが拡張されていました。
今日見つけたのは1枚(正確には2枚)のレコード。
1971年にルーレットレコードから出た
ダイナ・ワシントンのコンピレーションアルバム
「ECHOES OF AN ERA」です。
ジャケットもまあまあきれいですが、
2枚のレコードが驚くほどきれかったのです。
スリフトショップで見つけるレコードにしては
傷と言えるほどの傷はほとんどなし。
ぴかぴかなので、買うことにしました。

レコードプレーヤーで聴いています。
ちょっとけだるい、1960年代のブルース。
キッチンで忙しく食器を洗ったり、
食事の支度にことこととまな板で野菜を刻んでいても、
このBGMで気持ちはとてもリラックス。

こんなレコードを聴かせてくれるカフェがあったらなぁ。

でももうどこに行ってもこんな音楽は聴けないし、
誰も流そうとはしないのでしょう。

もうほぼ2時。
ここに座ってあなたがここにいたらと
願いながら。
だからまた飲んでいるの・・・。
(Drinking again )

何て詩はもう書けない。
今や世界は急がし過ぎますものね。

2011年8月23日火曜日

また一人、ホピのアーティストが・・・



ランチタイムにふらっとやって来たベラ。
前にいつでもいいからジュエリー見せてって
言ってたよね、と取り出したペンダント。
これ、僕の最後の作品なんだ。

(月に)吠えるコヨーテ。
しっぽの先っちょの仕上げがかわいいです。

話を聞けば、糖尿病が進んで目にまで来ているのです。
3年前には150キロ近くあった体重を半分に
減量して、ずっと走ってるとは言っていましたが、
多分それも too late だったのでしょうか。

私は糖尿病で視力を失った人も足を切断した
人も知っています。
とにかくもうこれ以上悪くならないように、
何とかしてね、とハグして別れました。
シルヴァーを買う時は強気だったベラですが、
今日は何だか控えめな口調です・・・。

今年になってリロイが車にはねられて亡くなり、
ローレンスと息子のウィルマーが車の事故で亡くなり、
そしてベラは糖尿病からの視力の低下で、
私が知っているだけでも4人のホピのシルヴァースミスが
ジュエリーを作れなくなりました。

しかも彼のお兄さん、とてもクリーンなイメージだった
のに、今、刑務所に入っていると。
ずい分前にアルコール依存症を脱出していたのに、
最近また飲み始めて、交通事故を起こしてしまったのだとか。
私が知っている彼のイメージからは信じられない・・・。
そういう話を聞くと、とにかく悲しいです。
こんなことが続くと、友人のホピのアーティストたちに
健康でいてね、アル中にならないでね、と
言葉をかけたくもなってしまいます・・・。


2011年8月22日月曜日

レモンシフォンケーキが食べたい!!



「カロリーを下げたお菓子」
というお菓子作りの本を持っていて、
この本のレシピで時々、メイプルプリンを作ります。
あとはあまり活躍しなかったのですが、
1番最初のページに載っている
「レモンシフォンケーキ」がここのところ
食べたくて、食べたくて・・・。
(食い意地はってます)

昨日は昼間はほぼ死んでいて、
ケーキを作るからとつれあいに言いながら
とてもとてもという状態でした。

なので今日は2マイル走って家に帰って
お蕎麦用のおだしを作りながら、
レモンシフォンケーキに挑戦。
レモンの皮をおろしたのを使うので、やっぱり
オーガニックでないとね。
バターの代わりにオリーヴオイル。
電気のビーターがないので、手でメレンゲを作るのに
かなりの腕力が要りましたが、
出来てみたらまあまあです。
と言うかなかなかいけます。
本当はリング型で焼くのですが、それもないので
普通のパイレックスで焼きました。
まだまだ暑いのでレモンのさっぱりしたお味が
何とも言えず美味。
こんな簡単なケーキならケーキ作り×な私にも
手軽に作れそうです。
やっぱり家で自分で作ったものって美味しいな!

100マイルクラブ



昨夜は睡眠4時間。
昨日はダウン。
ジムも行けず、昼間はとろんとした目、死んでいました。
午睡も少しして、夕方遅くには
がぜん元気になって来て、部屋の模様替えを
やり始めたら、終始がつかなくなって
結局寝たのは午前3時過ぎ。

仕事場でのランチタイムに机に突っ伏して
不自然な姿勢でしたが15分ほど寝てしまいました。
それが効いたのか、仕事が終わって
バファローパークへ。
次の日曜日とその次の日曜日、2週続きで
レースです。
とにかく走っておかないとと、1周2マイルだけ
走りました。
2マイル23分だったのでまあまあです。

7時過ぎには日没。
すばらしい夕焼けでしたが、今日は写真を撮る
チャンスがありませんでした。
日の入りもだんだん早くなっています・・・。

ホピの100マイルクラブ、今年は4ヶ月で141マイル
走りました。

このまま上がり続けるの?


今日のシルヴァーのスポットプライス。
私が経験した最高値です。
終値は$43.82。
ゴールドの終値は$1899.10。

今日もまたお店にはニッケルを買い求める
ナバホのお客さんが。
インディアンマーケットを終えてまだサンタフェに
いるらしきナバホの若手有望株アーティストから
電話があり、18ゲージ(ぶ厚いです)の板を
取り置いて欲しいと電話。
きっと彼は注文が殺到?したのかも・・・。

エルシー(・ヨヨキ)もサンタフェから帰った
ばかり、とお店に来て、シルヴァーのチェーンを
買って行きました。
インディアンマーケット、良かったわよ。
彼女はブースは出さずに、でもサンタフェで
日本からの買い付けのクライアントと会って
ビジネスを行ったようです。

6000ドルのバスケットが売れているのですものね、
インディアンマーケットでは。
まだまだリッチな人はいるってこと・・・。

それにしてもシルヴァーの値段、一体
どうなることでしょう。

2011年8月21日日曜日

アメリカ、いえセドナの鱒釣り



「アメリカの鱒釣り」はリチャード・ブローティガン作。
学生時代、単行本を買って読み終えないまま
どこかに行ってしまった・・・。
セドナの虹鱒ファームはお金を払って
鱒を釣って、そこでバーベキューにして食べることも
持って帰ることも出来るシステム。
セドナへの行き帰りで何度もそばを通っているにも
かかわらず、1度も行ったことがありませんでした。

なぜ寄ってみようと言う気になったのか。
それはJEDがその養殖場の奥に
キャンプグラウンドがあり、そこにも湧き水が出ていて
そこのお水は深い井戸からのお水なので
すごくいい水なのだということを教えてくれたから。
でもそのキャンプグラウンドはかなり厳しい
クリスチャンの人たちの所有だから、入れるかどうか・・・。

上の写真の看板にある
Living Spring Camp と書いてあるのがその
キャンプグラウンドで、この養殖場の奥が
そうなのですが、やはり、
<私有地、入るべからず>というサインが
あり、柵がしてありました。
JEDからそういうことを聞いていたからかも知れませんが
このオフィスで唯一働いていた女性、
何となく近寄りがたい雰囲気でした。

ロサンジェルスにいた頃は「すごい」クリスチャンという
アメリカ人に出会うことなんてなかったのですが、
こういう田舎に来ると、もう普通の会話をしていても
神様が云々、神の意思が云々、という
言葉がすぐに出て来る「すごい」クリスチャンの
白人がいたりしてちょっとびっくりします。





虹鱒ファームには日曜日ということもあり、
子供連れの家族が次々とオフィスでお金を
払って竹の釣竿とバケツをもらっていました。

ちなみに釣った鱒は持って帰るか食べるかで、
もしいらなかったら<寄付>することは出来ます
ということでした。
池の写真は子供が投げたえさに集まった鱒たち。
私にはとても食べれそうには見えなかったですが・・・。



そう言えばもう1度きちんと
「アメリカの鱒釣り」を読んでみたいです。
調べてみたら「芝生の復讐」なんて作品も
書いているのですね。
どんな話なのかな。
ちょっと読んでみたい気がします。

ブローティガンを思い出させてくれた
セドナの虹鱒ファーム。
それにしても入れなかったプライヴェートキャンプ
グラウンドのことがまだちょっと気になる私です・・・。