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2014年9月10日水曜日

黒木奈々さん、頑張って!










フリーアナウンサーの
黒木奈々さんが胃がんで手術を
受けるというニュースを見ました。

実は彼女のことを知っていたわけでは
ないのですが、

自分と同じ胃がん、
もちろん、がんの発症に年齢は
関係ありませんが、
31歳という若さで胃がんと診断された
と言う、そのショックは十分過ぎる
くらい理解出来るので、

ついブログに書いています。


しかも彼女の診断の内容が、
自分とも少し似ていたので、
何だか人ごととも思えなくて。


この間の日曜日には、
ホピでがん克服のファンドレイザー
のためのレースを走ったばかり。









私の場合は、ファミリードクター
の個人医院で、
バリウムを飲んで撮った胃の写真に、
何かが写っていて、
もう1度大きな病院で検査を受けなさいと
言われて、がん専門病院へ行ったのですが、

最初にかかった内科のドクターから、
写真を見て、
「胃潰瘍の治りかけです」
「胃カメラ、したくないでしょ」

と言われ、その時に、
いえ、はっきり知りたいので、
胃カメラをしてくださいと
言っていれば、ごく初期の段階で見つかって
いたのでしょうが、

がん専門病院の医者からそんなことを
畳み掛けられるように言われて、
私も、胃カメラでの苦い経験もあって、
これだけはいやだったので、
そのまま、検査もしなかったのです。


ファミリードクターに言われた
言葉もすでに忘れていたのですね。


彼は私の父の胃がんを見つけた人でもあり、
だから私にそう言ってくれたのしょう。




そのドクターの言葉を素直に聞いて、
別の検査をしてくださいと
強く言えば良かった、とこれは今でも
後悔していますし、


その内科医も、もっと強く、
念のために胃カメラをしましょう
と言ってくれれば良かったのに、
とこれは今でも、恨み節。


結局その数ヶ月後、
再び同じ病院の外科で検査。



結果を聞きに行ったら、
即座に言われましたね、胃がんですと。


それでもまだ初期と言える段階で、
ラッキーでした。

胃は2/3切除しました。


当時、一緒に入院していて、
仲良くなった女性も含めて、
顔見知りだったほとんどの人が
亡くなりました。


私が手術を受けた時代と比べれば、
医学はかなり進歩しているはず。



胃がんではないけれど、
シナリオライターの大石静さんも、
24歳で甲状腺がんを発症して、
その後2度目のがんも克服された
というお話を、
昨年、日本に帰っていた時、
NHKの番組にゲスト出演された時の
トークで知りました。


有名シナリオライターとしてもちろん、
お名前は知っていましたが、
お若くて、元気満々って感じの
大石静さんのお話に深く感動したことを
覚えています。


(そう言えば、昨年、帰国中に放送していた
大石静さんシナリオの
「ガラスの家」
最後まで見れないまま、
アメリカに戻って来たのが心残り
でした‥‥笑)


とにかく、黒木奈々さん、
大丈夫、
ちゃんと治療して、
またテレビに戻って来てくださいね!


頑張れ!












2012年12月6日木曜日

宮迫くん、頑張れ

http://www.asahi.com/culture/update/1206/OSK201212060052.html


<雨上がり決死隊>の宮迫くんが
胃がんで手術をするというニュースを昨日見ました。

自分と同じ病気だと何だか身近に感じてしまい、
つい頑張って、と思ってしまいます。

初期だと言うことなので、多分手術で
切除したら大丈夫と思いますが、
開腹手術をした後の体の負担を身にしみて
経験しているので(って言うか、今も経験中)、
仕事に復帰しても決して無理は
しないで欲しいです。

彼も43歳。昔の人の言う「後厄」ですね。

偶然かも知れないけれど、そういうのって
けっこうあったりしますよね。

☆

私実は彼が初めは大嫌いだったんです。
でもちょっと思い出せないのですが、何かの
連続ドラマを見て、彼の演技の上手さと、
以外とハンサム?なルックスに気づいて、
それ以来けっこう好きになったんですよね。

とにかく手術がうまく成功しますように・・・。

2011年10月13日木曜日

かわいいピンクのスクーター


昨日、仕事でのランチの時間にちょこっと
出かけたら、こんなかわいい
ピンクのスクーター発見。




乗っていたのはこの<秋>という名前の女性。
ヘルメットもピンク!
きけばSCHWINNと言う自転車メーカーが
作っているということでしたが、
あとで調べたら、どうも作っているのではなく、
中国のメーカーの
スクーターを輸入して売っているらしい。

くわしいことはききませんでしたが、
ピンク色にしたのは乳がんキャンペーンの色だから。
ピンク色に乗ってるのは私だけだから、
「町で見かけたら、クラクション鳴らしてね!」

アメリカでは10月は乳がんキャンペーンの月。
わが仕事場でも初めて、このための
寄付を集め始めました。

1ドル、5ドル、10ドルと金額を設定しているのですが、
お願い出来ますか?とたずねたら、
1ドルならわりとすっとOKしてくれますが、
ぽんと5ドル出してくれる人もいて、
ちょっとうれしくなります。

ネイティヴの女性にも乳がんが多いのはお客さん
からも聞いたりして知ってはいましたが、
日本でも有名なアーティスト、
ナバホのキィ(・ヤズィー)は
おばさんが乳がんで死んだし、おじさんもどこかの
がんだったからね、と5ドルを。
ホピの女性も黙って5ドル、寄付してくれました。

☆

私のまわりにはがんの治療中、という人も
何人かいます。
がんという医師の診断はかつてほど致命的
なものではなくなった、とラジオでの病院のCMでも
流れていますが、それでもやはり
自分ががんだという宣告はショッキングであることに
変わりはありません。

そして手術や治療でどんなに完治、あるいはそれに
近い健康状態に戻れたとしても、
がんにかかる前の体の状態には
決して戻れない・・・。
何かしらの不便や不具合や不都合さと
一生付き合って行かないといけないということは
経験者でないとわからないことでしょう・・・。




2011年8月9日火曜日

がん

今年のフラッグスタッフは暑いです。
雨が降りそうでほとんど降らない。
降ったとしてもぱらぱらっとだけ。

今日は仕事を早退しました。
裏で商品の箱を下ろそうとして、それが
落ちて私の頭と鼻を直撃。
すごく重い箱でなくて良かったのですが、
やはり頭の打ったところが痛い。
というのが早退の理由です。

家でランチを食べて、その後1時間
午睡をしてしまいました。
足の痛みは消えましたが、やはり先週の
土曜日の1日が相当きつかったのでしょう。
レースだけならまだいいのですが、
その後仕事というのもきつかったし、
仕事があってもレースが町のどこかであって
朝の3時半起きなどしなくても良かったのなら
またこんなにきつくはなかったのでしょう。

まあでも頑張って走れたし、苦しかったけど
楽しかったし
レースの後のスイカは美味しかったし、
やはりホピのレースは特別です。

レースのパケットの中に8月28にある、
去年は走ったがん予防の10Kのレースの
レジストレーションフォームが入っていて、
心が動いたのですが、毎年走っている
ルイス・テマニワの10Kレース の1週間前。
で、やはりこれはパスかなと・・・。

父を胃がんで亡くし、自分も元がん患者で
親しかった人も何人かがんで失っていて、
たった今もがんと闘っている人を知っている私としては
このレースは走りたいのはやまやまなのですが・・・。
もう少し体力があればね・・・。

☆

萬田久子さんの事実上のだんなさまが
スキルス性胃がんで亡くなりました。
年齢も近く、大阪市出身ということで別世界の方ですが
何となく親しみを持っていた人です。
色々とおありだったのでしょうが、籍を入れなかった
という彼女の選択に私は彼女の意志の強さと
自立性を感じます。
たとえパートナーがミリオネアだとしても。
かっこいいじゃないですか!

こんな方だからきっと人間ドックで検査もされていた
ことでしょう。
でも7月にがんがわかって、その時点で余命を
宣告されていたのでしょうね。

がんと聞けば人ごとでは済ませられない。
やはりすぐに反応してしまいます・・・。





2011年4月25日月曜日

血液型A型とがん

亡くなった田中好子さん、弟さんを
骨肉腫で亡くしていらっしゃったんですね。
私が入院中に知り合って仲良くさせていただいた
Mさんも骨肉腫でした。

入院中に知り合って亡くなった二人のMさん、
56歳で亡くなった私の父、そして田中好子さん、
みんな血液型A型です。
そして私もA型。
偶然だと思いたいですが、以前何かの本で
血液型の中ではA型が一番弱い、みたいなことを
読んだことがあります。

実際A型の人はがんなどの病気に罹りやすい
と言っている学者もいるようです。

☆☆☆

好きなことってとことん努力できるんですよね。
努力するとそれを人に見てもらいたくなる。
見てもらい、ほめてもらうと自信がついて、
もっと頑張ろうと思って努力したくなる。

(朝日新聞<どらく>人インタビューより)

見ず知らずの遠い世界の人だけれど、
読んでいたら彼女の人柄が思い浮かびます。
そう思いませんか?

A型の生真面目さと律儀さを感じるのは
同じA型の欲目でしょうか・・・。

芸能人の死でこんなに涙したのは
去年に亡くなった忌野清志郎さん以来でした。

YOU TUBE で懐かしいキャンディーズを
聴きましょう。








2011年4月21日木曜日

もう一人のMさん

田中好子さんのニュースを見て
ついさっきブログを書いた後、
何となく気になって、ある方に電話をしました。

彼女とは病室こそ違いましたが、
入院前の検査の時からの戦友。
それもあって退院後も例のMさん以外で唯一
連絡をしていた方でした。

最初は肺がんが始まりでした。
タバコも吸わないのに。

アメリカからも時々電話をして近況をおききしたり、
日本に帰った時は必ず電話をして話していました。

私と同じ病院から退院後も何度も転移を繰り返して、
別の病院で手術を受けていたけれど、何とか生きてるよ
といつもくったくのない口ぶりで話してくれた彼女。

今さっき電話したら、私のことを覚えて
くださっていただんなさん、
一昨年亡くなったんです・・・と。
そんなこと考えもしていなかった私は、
電話口で大泣きに泣いてしまって言葉が出てこない・・・。
入院中私の知る中では、唯一生き伸びた戦友でした。
お歳は70歳だったそうです。
細くて若く見えたMさん。
でも70歳まで生きられたのですね。

***

術後11年もたって普段は考えないけれど、
手術を受けたこの時期になると、
やはりつい思い出してしまいます・・・。
何と言っても、なった者とその家族にしかわからない
このがんという病気のこと・・・。




田中好子さん、安らかに眠ってください

NHKの朝の連続ドラマ「ちゅらさん」は
その年の年末に日本に帰った時に総集編で見て、
とても感動しました。
2001年のドラマだったのですね。
岡田恵和のシナリオも良かったし、
キャスティングも絶妙で、
ドラマ全体に流れる人々の暖かさが心に沁みました。

田中好子さん演じるヒロイン、エリィのお母さんが
何とももったり、ゆったり、とても印象的でした。

あの時彼女はもう乳がんと闘っていた
最中だったんですね・・・。

***

13年前の今ごろ、私は入院することになっていた病院の
ベッドの空き待ち、自宅待機でした。
病名は胃がん。
45歳でした。
私の診断は初期。
それでも胃の2/3を取りました。

同じ病室には大腸がん、乳がん、肺がんの
女性患者がいました。
二人はすぐに亡くなりました。

入院中に知り合って大の仲良しになったMさん。
姉御肌で、私を入院患者ヒエラルキーから守って
くれた唯一の人。
彼女の病名は骨肉腫で、乳がん、肺がん、
最後には脳にも転移して、何度手術を受けたことでしょう。
でも彼女のすさまじいまでの生へのエネルギー
には感服したものです。

絵が上手だった彼女が田中好子さんがしていたのと
同じように、ご自分の描いた絵で
カレンダーを作って、私もいただきました。

ある時神戸の地下街をうろちょろしていて、
輸入雑貨のお店で、あなたは胃がないから
これ、と言ってフランス製の業務用のグラスの
一番小さいのを買ってくれたMさん。
まだ使っていますよ、あのARCOROCの小さなグラス。

キャンディーズのファンと言うわけではなかったけれど、
当時キャンディーズのファンだった男のコは
もちろん知っています。
アイドルだった同年代の一人の女性の死は
何だかとてもとてもショックでした。

田中好子さん、どうか安らかに・・・。

 









2011年3月26日土曜日

マンディからのお知らせ

マンディは私の住むアパートの
マネジャー。
前のマネジャーがクビになった後雇われました。
気安くて、仕事もきちんと出来そうな人でした。
修理をメインテナンスの人に頼んだりするのも
以前よりずっとしやすくなり、
喜んでいました。

昨日アパートのドアにはさんであったという
紫色の紙切れ。

がんがわかったので、今月いっぱいでマネジャーを
辞めることになりました。
!!!

いいマネジャーだと喜んでいた矢先だったのに・・・。

彼女はかなりの肥満体系で、いすから
立ち上がるのもしんどそうにしていました。
でもそれ以外は健康そのものに見えたのに。

でも健康そうに見えても体の中で何が
起こっているのかは誰にもわからない。

11年前、LAマラソンを楽に走った私は
その日、いつも日曜日、4時半からジムである、
大好きなインストラクターのロウインパクト
(とは言えきついクラスでした)の
エアロビクスのクラスに行って、まわりの
ジム仲間から YOU'RE CRAZY とあきれられたものです。

でも私の中にはちゃんとがんがあったのですよね。
フルマラソンを走れる人間ががんであるわけがない
と言い切ったのはわがつれあいでしたが・・・。

来週、仕事がオフの日にオフィスに顔を出してみよう。

ここのオフィスでパートタイムで働くアンジーも
私たちが引っ越して来てから、私と同じ
胃がんで手術を受けました。
同じ手術痕よねぇなんてこっそりTシャツをめくって
見せ合いっこしたりもしていたのですが、
彼女はがんの手術からもう何回も
胃に何かが出来てるというので、入院、手術を
繰り返し、ついこの前、もう仕事はやめることに
したの、とアパートのオフィスで半泣きの
彼女と会ったばかりでした。

たまたまとは言え何と言う連鎖!

彼女からのお知らせを読んで、また悲しくなった
私です・・・。

今日は空もどんより。気温は3℃。
静かな土曜日です。
そして私は仕事に行く気がしないィィ・・・。

でもそうも言ってられないので、炊き上がった
玄米でランチ用のおにぎり、作りましょう。
奥田英朗の<サウスバウンド>の最後の章が
けっさくで、朝の忙しい時間に本から目が離れない。
面白おかしく書いてはいるけれど、涙が出てくる・・・。

さて上原一郎にもらった勇気で、今日も1日
仕事に行って来ましょう。












2011年1月3日月曜日

パニックシンドローム

昨日のツアー(まだトレーニングです)でご一緒した
のは娘さんを含む親子3人のご一家でした。
話し好きのお父さまはがっちりとした、漁師さんか居酒屋の
ご主人といった風情の方です。

ガーランズというインディアンジュエリーショップにご案内して
娘さんがカチーナ人形に魅せられたようで、
次から次とカチーナの説明を求めます。
お店のロンもとてもていねいに、1つ1つのカチーナの
ストーリーを話してくれます。
結局彼女はカチーナ人形を4体購入。
こんな日本人のお客様は珍しいです。

お父さんは、ロケットを探していましたが、インディアンジュエリーで
あまりロケットは見かけません。
おききしたらニトロを入れるためだと・・・。

☆

私もアメリカに来る前、ずいぶん前のことですが、
やはりニトログリセリンを処方されていたことがありました。
当時はおそらく、日本では病名すらなかったかも知れません。
たまたま同じ症状を持っていたアメリカ人の友人がくれた本が
<ANXIETY DISEASE>という本だったことを今も覚えています。

☆

そのお父さんはもう長いこと飲んではいないのだけど、
今回アメリカに来るというので念のため携帯して来たのだと
話してくださいました。

去年知り合った日本人の方も同じ病気で、彼はお薬を
飲んでいました。
(すっかり良くなられましたか?)

病気って何でもそうですが、なった者にしかわからない怖さ。
これが始まると、心臓ぱくぱく、呼吸困難、死ぬかと思うのだけど、
検査をしてみると実際はどこも悪くない・・・というパニック障害。

何だか立て続けに私もかつてそうだった病気の方をしかもアメリカで知って、
今やこの病気が以外と身近なものだったのかと少し驚きました。

人間の体って以外と丈夫に出来ていると思う反面、
精神的なことで死にそうになるほどの症状を呈することもある。

私はアメリカに引っ越してしばらくの間は時々、この発作が
起こって、日本の知り合いの漢方の先生に
電話をかけたこともありました。
それがいつしか起こらなくなり、たまに起こりそうになっても
そこまでひどくならないうちに自分でコントロール出来るようになりました。

でもそれと引き換え(?)に高所、閉所恐怖症に・・・。
それもアリゾナに引っ越してからです。
今はこれもだいぶん慣れましたが、きっとこの標高の高い
場所に住むようになったのがきっかけのような。

じゃあ考えてごらんよ、僕たちこの丸い地球の上で
立って生活してるんだよ。
それを思い描いてごらん。
すっごく怖いことじゃない。

と言ったのは仕事場のお店のお客さんで催眠療法師のJ。
1度セッションをお願いしようと思っているうちに私もだんだん
アリゾナの狭い道、山道、急カーブにも慣れて来て、
ま、いいかと思うようになりました。

えらそうなことを言うつもりは毛頭ありませんが、
何事もまず自分で治す、あるいは症状を良くする努力をしてみると、
以外と簡単なところに解決法があったりするものです。

例えば私は強風の中を運転するのがとても怖かったんです。
(こういう砂漠の土地柄なので、行きは穏やか、帰りは
強風ということがよくあり、大きな4RUNNERでもハンドルを取られます)
ひどい時は風速50mとかです。
でもある時、ふと風と仲良くしようと思ったんです。

風さん、あなたも吹きたい理由があるんだよねぇ、なんて
ハンドルを握りながら、心の中で話しかけたんです。
それだけのこと。
すると何だか恐怖心がかなり薄れたんです。

長くなりました。
アリゾナの風さん、今年も仲良くしましょうね。










2010年11月10日水曜日

ホピの友人の死


お昼過ぎに仕事場に電話がありました。
マーカスからでした。
奥さんのRUTHが先週の木曜日に亡くなったと。

上の写真は6月に撮ったもの。
がんは進行していたものの、この時はまだ元気だった。
8月に急に入院してこの時から体にチューブを入れての
栄養補給になりました。
輸血をしたのが確か9月だった・・・。

先週の火曜日に肺炎を起こしたみたいで、
2日後の木曜日の夜7時半に逝ったんだとマーカス。

ホピの人たちは人が亡くなると、すぐに埋葬するのだそうです。
こんなことをこういうブログで書くのも、と思いながら
でもその不思議な一致に驚いて、こうやって文章にしているのですが、
日本でかつてされていた<土葬>で、亡くなった人の足を折り、膝を曲げて
座らせるかたちでお棺に入れる、それと全く同じ態勢にして、
手をヤッカのひもでしばり、
体全体を毛布でくるんで、頭のところをまたヤッカのひもでしばって、
そのまま埋葬するのだそうです。
日本のお墓参りのような習慣はない。
ただ5月のメモリアルデーにお花を供えたりはする。
ということです。

ランチタイムにコインランドリーで洗濯をしていたマーカスと
息子のニールに会いに行きました。
二人とも元気そうで少し安心。
先日お客さんがつけていて撮らせてもらったリングの写真を見せたら、
覚えてる、これは自分のだって。
きれいに撮れた写真を彼に渡して、作ってもらうことにしました。

ジュエリー、作らないとね、と元気付けたら、うん、せっせと作るよ。

そう、いっぱいジュエリーを作ってね、マーカス。
 それがあなたの仕事だから。
それをRUTHも望んでるはず。
55歳で死んじゃった彼女を悼んで、
写真を撮られるのが大嫌いだった彼女がOKして写した
今年の6月のマーカスとRUTHの写真をもう1度ここにのせます・・・。

彼女は決してにこやかな人ではなかったのですが、それは
彼女の照れ隠しというのを見抜いたのは私のつれあいでした。

去年の秋、彼女のホームのサードメサ、ホテヴィラであったバスケットダンスを
見に行った時、彼女のお母さんの家(お母さんはもう亡くなっていませんが)
に招待されました。
ホピの人たちはダンスがあると、母方の実家に集まります。
カチーナダンスは男衆のダンスなので、男性<夫>の実家に皆が
集まりますが、バスケットダンスは女衆のダンスなので、
この日はRUTHの実家に親戚、姻戚、たくさんの人が集まっていて
彼女も忙しく立ち働いていました。

ある時私が彼女にお手洗いに行きたい、とこっそり言いました。
すると彼女はどっちがしたいの?とまるで母親が子供にきくみたいに
私にたずねます。
ここにはね、トイレはないの。
(ホピの、特にプラザを囲む家などにはお手洗いのない家が
たくさんあります)
彼女が私に示したのは台所のすみの薄暗い一角に置いた、
ふたをしたバケツでした。

あの時の情景が今もはっきりと思い出されます。

RUTH、私があげた耳あてつき帽子を髪の毛がなくなった頭に
かぶったら、マーカスがそばで暖かくてちょうどいいねと
笑っていたね。

どうぞやすらかに・・・。



2010年9月12日日曜日

私の周りのがんと闘う人たち

今朝、仕事に行くのにアパートのパーキングまで来たら、
アパートのオフィスでパートタイムのマネジャーをしているアンジーに
ばったり出くわしました。
元気?
   A たった今病院から出て来たところなの。
どうしたのよ?
   A  2日間吐きっぱなしで病院へ行ったら、また手術。

彼女は3年ほど前に胃がんで胃の手術をしています。

   A 最初の手術から私、これでもうあと3回も同じところを切ってるのよ。
とTシャツを捲り上げて、手術痕を見せるアンジー。
(胃を切った者同士だけが共有できるコト)
何が一体どうなっているのか・・・。

病院を変えることは出来ないの?と言いかけてやめました。
アメリカの保険制度は複雑で、制限が多く、日本の健康保険の
ように、基本的には誰でも、自分の行きたい病院、診てもらいたい
ドクターのところへ行けるわけではないと思ったからです。

ハズバンドも私のこういうのに疲れて来てるの・・・。
病気のつれあいを持つということは相手の我慢強さも試されます。

ホピの友人マーカスの奥さんRUTHも脳のがんと闘っています。
つい先だってはフェニックスの病院で放射線治療を受けていました。
数日間だけ病院が用意してくれたのは、冬のシーズンだと1泊500ドル
もするリゾート。
(夏場は多分あまり泊り客もいないのでしょう)
私がフェニックスに行く予定があったので、そこまで行こうかなと
電話で話していたら「迷う(ほど大きい)よ」、とマーカス。
そんなところに泊まって、セレブみたいじゃない、と言ったら
うれしそうに笑っていました。
食事はどうしてるの?とたずねたら、ここ(ホテルの)レストランは
高いから、マクドナルドだよ。
マーカスはあのひょうひょうとした性格もあり、いつもにこにこと
奥さんのめんどうをよくみています。

先日ホピで走ったがん予防のためのFUN RUN&WALK(競争じゃない
レース)で赤ちゃんを背負った家族や親子づれも多かったのは、
きっとみんな家族や親戚にがんの人がいたからでしょう。
ホピにも日本人にも白人にも、どんな人にも平等に降りかかる
がんという病気。
その病気と闘う人たちとその家族。
それぞれの状況があり、それぞれの受けとめ方があり、
それぞれのサポートの仕方がある。
これはおそらく<介護>にも言えることなのでしょう。
そう見たら、RUTHは幸せだなと思います。

どうぞみんな病気に(精神的に)負けず、毎日を出来るだけ
楽しく生きて欲しいです。
私自身もそう努めようと日々を生きています。
(そんなたいそうなことでもないですが・・・。ただ楽しみを
見つけて、こんなところに自己満足のブログを書くのが
精一杯?・・・)