2013年12月24日火曜日

今年のベストセラーにもの申す(って単に一塊のブロガーの戯言ですが)



日販の今年のベストセラーは
村上春樹のこの本⬆らしいです。

100万部以上ですから、確かに
かなり売れたのでしょうが、

私はこのニュースを見て、本当に?と
かなり驚きました。

いくら村上春樹、そして何年ぶりかの
書き下ろし長編とは言え、
話題性だけではないでしょうね、それだけ
売れたってことは。

じゃあ一体売れた要因は何?


今年売れたり、話題になった本の、どこかの
書評で読んだ、
「この作品は、3.11の後だからこそ

書かれるべきだった」という文。

書いた人は本当にそう思ったのかしら。

その書き手はトラウマのことを
挙げていたけれど、
この物語の中で描かれた<トラウマ>と
3.11のトラウマとは比べようもないでしょう、
って言うか、そんなの比べたらいかんでしょう、
と突っ込みたくなる文章。


いえ、私も大好きでしたよ、春樹さん。

「羊をめぐる冒険」
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
「ダンス ダンス ダンス」

オウム事件のインタヴュー集「アンダーグラウンド」


そして、今や、彼の作品ほど世界中で読まれている
日本の作家はいないかも知れません。


それにしても、です。

3.11以降に彼が世に問うた作品が
これ?

って思いません?




私は大江健三郎が「晩年様式集」
(イン・レイト・スタイル)などと言う
小説を書いていたことすら
知りませんでした。

「新潮」12月号を手にするまでは

以下はそこからの抜粋。
長いですが、引用します。

まずインタヴュアーの言葉。

『晩年様式集』の連載が2012年1月号の
「群像」誌上で始まって(中略)‥‥

福島第一原発の事故で拡散した放射性物質の
追跡調査を報じるNHKのドキュメンタリー
番組を見た主人公の「私」=
長江古義人が、<われわれの(本当は傍点)と
括ることができれば、それをわれわれの
同時代の人間はやってしまった。
われわれの生きている間に恢復させることは
できない‥‥この思いに圧倒されて、
私は衰えた泣き声をあげていたのだ>と。

事態の深刻さに私たちもあらためて震撼しました。
古義人の涕泣は、震災後百日たった頃の
出来事でした。



それに対する大江健三郎の言葉。

3.11の当日から、テレビの昼間のニュース
や現地からの報告を、そしてその
ルポルタージュとその再放送をずっと
見続けていたのです。
‥‥‥(中略)

そうこうしているうちに、自分の書いている
小説にまったく関心がなくなりました。新しい
国内、海外の小説を買いためておいたのも
読まない。まず読んでという落ち着きがない。
どうにも現実から逃れられないから、
それなら、とにかく膝に載せた画板に、
いま差し迫った気持ちでいることを
書こうと思った。


☆


これってすごく共感できますよね。

このインタヴューを読んで、
『晩年様式集』を読んでみたくなりました。

作家たるもの、私は、こうであるべきでは
ないかと思います。
っていうか、こういうメンタリティで
描かれるストーリーこそ、
読者を感動させるのではないかと。


私は多崎つくるのトラウマになんて、
全く共感も出来なかったし、
何で60代半ばにもなる作家が、
今、高校時代の話なんだって思ったくらい。

もちろんこの話に共感できた人がいたからこそ、
それだけ売れたってことなのでしょうが。

時代性と社会性。

多崎つくるの物語はあまりにもここから
かけ離れているとしか
私には思えませんでした。

そして誰もこれに対する批判がない。
というのも不思議と言えば不思議。

もちろん、3.11に対する感じ方、捉え方が
その人の言動に現れるだけのことで、
それをどう受け止めたかが、
その人のそこからの行動に現れる、
或は示されるということでしょう。

もちろん村上春樹だって、あと数年後に、
3.11をめぐる物語が書かれるかも知れませんが。



って言っても、売れりゃ勝ち、の
世の中ですかね。







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