2011年5月8日日曜日

また一人、死んじゃった、ホピの知り合い


リロイ・ホンヤクテワ。
ちょっといかついお兄さんって感じの人でしたが、
作るジュエリーは体つきに似合わず、小さなもの
が多かった(私が見たものだけですが)。
↑の写真のホピメイデンとコヨーテのピアスは
彼がたまたま仕事場に持って来たものを買いました。
(私の2010年7月11日のブログで登場しています)

いつだったか(↑の写真の下の方の)コヨーテの
ピアスをつけていたら、
お店に来て私のピアスを見て
「へぇ、いいコヨーテのイヤリングしてるじゃない」
といたずらっぽく笑っていました。
見かけによらず(ごめん、リロイ)面白くて
「いいやつ」でした。


ホピの本に載っているリロイのページ。
私が彼にサインをもらったのは1年半ほど前。
リーって呼んで、と笑っていました。
昨日の土曜日、元奥さんが、次のダンスで使う
鈴を買いに来ましたが、お店では今はもう、
カチーナダンスでカチーナが身につける大きな
鈴は置いていません。

14日のダンスで行くセカンドメサ、ミシャンガヴィへの
地図を描いてもらって、それをもらって突然、
彼、死んだのよ、2月に・・・。
えっ?どうして・・・。
夜、道路を渡ろうとして車にはねられて・・・。
多分即死だったんだと思う。
救急車が着いた時にはもう息はなかったって
言ってたから。

フラッグスタッフのドライヴァーたちははっきり言って
道を歩くインディアンや非白人など
目にも入らないかのような運転の仕方。
私もつれあいも歩いていて何度も轢かれそうになった
経験があります。
本当に運転のマナーも何もありません。

偶然ですが、ホピジュエリーの本のリロイの上の
ペリー・フレッドも1999年に亡くなっています。
彼のお母さんが1度お店に来たことがあり、何かで
ジュエリーの話になって、息子さんがペリーだった
ことを聞きました。
私がもうずい分前にパサディナであったインディアン
ジュエリーのショウで初めて買ったキーホルダーが
たまたまペリーのでした。

彼がヴィレッジからフラッグスタッフに出て来て
暮らすようになったのは奥さんのルーシーと
別れてからでした。
二人の間に何があったのかは知りませんが、
どうもルーシーにボーイフレンドが出来て、それで
彼は村を出たようでした。
僕は彼女をまだ愛してるんだよ。
と私に話していたリロイ。
きっとやさしい人なんだな、と思いました。

彼の顔とあの時の言葉が今も心に浮かびます。
昨日ルーシーにもそう話しました。

リロイはルーシーのお父さん、ホピオーヴァーレイ
ジュエリーの創始者の一人グレン・ルーカスから
ジュエリー作りを学んでいました。
惜しいです。
リロイ、安らかに眠ってください。
あなたの作ったピアス、大切にします。

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