2011年8月28日日曜日

Climb the Mesa to Conqueer Cancer Run&Walk


(歳は取ってもついこのポーズ。やっぱり日本人・・・)
朝2時45分起床。
だってスタートは6時でしたから。
昨夜はご近所さんの学生たちのパーティーの騒音で
睡眠不足。
でも何とか家を3時22分出発。
2時間弱でセカンドメサのカルチャーセンターに到着。
そこではトリニに遭遇。

       車はこの近くに停めて、ホピのシャトル
(と言ってもヴァンかトラックの荷台)で
スターティングポイントまで移動。
ちなみにこの日見たホピトライブの公用車は
トヨタのハイランダー。
賢い選択です。
スタートはセカンドメサのふもと
カルチャーセンターから5~6マイルあります。
急な坂道をトラックは時速80キロほどで
飛ばします。
荷台に乗って目の前に広がるセカンドメサの
景色に見とれているのは私ぐらい。
周りはみんなホピです。
彼らには目新しい風景でも何でもないでしょうから。

結局スタートは遅れに遅れて6時33分。
このレース&コースを走るのは今年が2度目で、
私にはあまりコースの記憶がなく、
つれあいにはけっこうフラットなコースだったと・・・。
ところが、Climb the Mesa と言うだけあって、
ほとんどが上りの急な坂。
こんなに上りばっかりだったっけ・・・。
上っても上ってもくねくねと上り坂が続きます。
案の定つれあいは後でコンプレイン。
このイヴェントはレースではないのでタイムも
計りません。
目的はただがん予防のためにみんなで
参加すること。

レースの主旨が主旨なので、1マイルごとのウォーター
ステーション、スタッフのヴァンと救急車が
伴走してくれているし、ウォーターステーションの
間には困ったことがあれば次のステーションで
言ってね、大事に至らないうちに、という
手書きのサイン。
なのでとっても安心して走っていられます。
他のレースと違って、トレールの奥を走るわけ
ではないので車のアクセスもしやすいからでしょう。

私は1時間13分でゴール。
最近の体の疲れから言えばまあまあの結果でしょうか。

最初の数マイルは体が重くて、先日の
オライビのレースの時とは大違い。
でも急な上りも出来るだけ歩かないようにして、
何とか予想よりは早くにゴール出来ました。
村上春樹さんではありませんが、
上りで追い抜く。
ホピも含めてアメリカ人は下りでは飛ばしますが、
上りが苦手なのです。

最後のウォーターステーションには
オライビのレースのオーガナイザーである
ジュワンが去年と同じようにいて、
思わずハグ。
まあ、この後もけっこう距離はあります。
ホピのシルヴァースミス、ジェラルドの家が見えた
ところでつれあいはもうすぐだと思ったみたい
ですが、ゴールはまだまだ。
ジェラルド~と家に向かって今年も叫んでみましたが、
今年は誰も外で応援はしていませんでした。
去年は奥さんのイヴェットがいたのですが。

    ホピ・ハイ(スクール)のクロスカントリーの
選手と思しき若者たちを含め、
若い男性たちはとっくにゴールしていたようで、
私が何番目だったかはわかりませんが、
走り終えてみたら、やっぱり走って良かった・・・。
最後の上り坂で、
がんで亡くなった父を含める私の肉親やら親戚、友人、
2年前に亡くなった(マーカスの奥さんの)ルース、
ここで知り合った、がんと向き合っている親しい友人や
その家族、
今にもがんの宣告を受けようとしている義姉、
そんな人たちのことを思い浮かべて、思わず
涙が出そうに。
このレースは誰もがそんな思いで走ったり歩いたり
なのです。
ちなみにつれあいも健闘しました。
  ゴール後のリフレッシュメントのスイカやバナナを
むしゃむしゃ食べていたら、
トリニのシスターのルーシー、
ローレンスの娘さんで6月の事故でムチ打ちに
なっていたイヴァも参加していました。
二人ともつらいことを乗り越えて走っていました。

写真はほとんど撮れなくてまたまた
↑のような写真でお目濁しですが。




今年はTシャツではなく、こんなリュックと
サンバイザー。
頭が大きいつれあいにはこのサンバイザー、
きついみたいです。
プラザでダンスを見る時にはいいですよね。
帽子以外なら、傘かサンバイザーならOKですから。

      この後クリスティンをションゴパヴィまで
送って行きました。

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