2010年11月20日土曜日

PETRIFIED FOREST その1 PAINTED DESERT INN

PETRIFIED FOREST NATIONAL PARK を北側から入って
すぐに、今はミュージーアムになっている、元はPAINTED DESERT INN という
宿屋だった、アドビの建物がありました。
サンタフェの古い建物はアドビですが、このピンクがかった茶色、
丸みをおびた形が、何ともユニークで、見ているだけでほっとします。
私は初めてサンタフェの風景にあるこのアドビの建物の写真を見て
サンタフェにFELL IN LOVE。
日本からサンタフェに引っ越したのですもの。

室内のインテリアはとてもすてき。
写真に写っている壁画は去年亡くなったホピのアーティスト、MICHAEL KABOTIE の
お父さん、FRED KABOTIE の作品だったことはあとでわかりました。
こんな宿屋に泊まって、バーに座ってテキーラかワイルドターキーの
オンザロックでも飲んでみたかった・・・?


2010年11月19日金曜日

Day Trip to North of the Border ANTELOPE CANYON

地層の妙と言いますか・・・。


例えが悪くてごめんなんさい、でも私には胃カメラの
画像のように・・・。


↑の写真が出口のところ。
片道20分ほどのものでしょうか。




こんなジープに乗り、岩山のあるところまでがたがた揺られて、往復します。
1時間のツアーが終わってこのジープから降りる時、
ナバホのドライヴァーが最後に降りたスイス人カップルに、チップを
忘れるなと言っているのをつれあいが耳にしました。
ツアーの最中、最初は一生懸命説明を聞いていた私に、
このドライバーガイドは
カメラをかして、と言ってはいいショットの写真を撮ってくれます。
ほら、パンフレットの写真と同じだろう、とか言うのを聞いていて、
あ、これはチップのためだなとわかって彼から離れました。

ツアーのレシートをよく見たら、チップは含まれておりませんという印刷。
乗ったジープにはお客さんに見えるようにチップ歓迎という
手書きの紙が片方はがれて、風にぴらぴら。

ここに限らないけれど、アメリカの様々な場所での
チップ強要の姿勢ってあまり好きではありません。
チップってあくまで客側の謝意を表わすもののはずですから。
スティーヴが交渉してくれて、一人31ドルのところが26ドルになりましたが、
それでも私たち(私とつれあい)は高いと感じました。
だってあんなのガイドなんて要らないよ。
岩山のところまで乗せてってくれたら、あとは個人で中を見て回るだけで十分。
やれこの岩は熊に見えますだの、リンカーンの顔です
だの、そんなの私たちに想像させてよ。

キャニオンという名前にもっと違ったものを想像していた私には
正直言って、ちょっと残念な場所でした。
あくまでも(ハイキング好きな)私にとっては、という意味です。

私たちが岩の中を戻って来て、もうすぐそこが元の入り口という
ところで30人ほどの日本人の団体さんが。
入って来た時には全員白いマスクをしていたらしく、
それを見たつれあいは異様だったと。

これは後日セドナで会った、日本からのグループツアーの
女性に聞いたのですが、日本の旅行社から
マスクをつけるようにと言われているんですって。
アリゾナは埃っぽくて、喉に良くないからと。
(マスクをするほどではないと思いますが・・・。まあこれもここに
住む人間の感じですけれど)
一緒に岩山の中にいたアメリカ人からもつれあいは、あのマスクは一体
どうしてなんだとたずねられていたらしい。
彼は言葉に詰まって???だったことでしょう(笑)。

SUNSET CRATER やグランドキャニオンもそうですが、身近な北アリゾナに
こんな地球の悠久の歴史を目の当たりに出来る場所がある
というのにはちょっと感動しました。




Day Trip to North of the Border WUPATKI NATIONAL MONUMENT




WUPATKI 国定公園は WUPATKI PUEBLO の住居などの遺跡。
プエブロ というのはニューメキシコ州に住む、
テスキ、タオス、サンホワンなどのネイティヴアメリカンの部族の総称で、
ホピとズニはプエブロの親戚だと言われています。
北方から来たとされているナバホとは体系、顔のつくり
から言語も全く違います。


看板の近くにはトカゲの巣があったようです。
2匹のトカゲがちょろちょろ。

こういった遺跡がこんなにきれいな形で保存されているのは
ひとえにこのあたりの雨量の少なさ、乾燥した気候のおかげなのだそうです。

この公園の説明書によると、1100年ごろの
SUNSET MOUNTAIN の火山の噴火の後、人々が移住して来て
このあたりで暮らし始め、でも1200年代にはどこかへ行ってしまった
とあります。
WUPUATKI NATIONAL MONUMENT という名称は
ここに住んでいた部族の名前の中のひとつからつけたようです。

この国定公園は入場も無料、廃墟を含め、当時の球戯場跡や
会議場跡などを見て回るだけですが、お天気も良く
気持ちのいい散歩が出来ました。







2010年11月17日水曜日

Day Trip to North of the Border SUNSET CRATER

  
翌日の日曜日、全員そろってANTELOPE CANYON をめざすことに。
途中で私たちも行ったことのなかったSUNSET CRATER の火山噴火あとの
公園へ。
600万年前からの火山は1040年から1100年の間の噴火が
一番最近のものだそうです。


去年亡くなったホピのアーティスト、MICHAEL KABOTIE の描いた
壁画の説明をするスティーヴ。
パークレンジャーたちも思わず聞き入っていました。

MICHAEL KABOTIE はシルバーのジュエリーも作れば
絵画も世界的に有名でした。
向かって左に描かれた蛇はWATER SERPENT 。
水の在り処を教えてくれる大蛇だそうです。
(それはズニにもあるのだと一緒に行ったSさんが教えてくれました)

ホピのスネイクダンスではダンスが終わるとダンスに使われた蛇を
4つの方向に逃がすそうですが、
それは蛇たちに水を探しに行かせるため。
ホピにとっての蛇は水と密接な関係があったのですね。

黒々とした溶岩の塊。

フラッグスタッフに4年半以上もいて、近場のこういう
NATIONAL MONUMENT に来たのは初めて。
スティーヴのていねいな解説付きで、この日の
ツアーは実り多いものでした。

2010年11月16日火曜日

スティーヴをめぐる環!


先週の土曜日、仕事場には日本からのお客様。
趣味とは思えない、プロが作ったようなジュエリーをしていらっしゃる
だんな様と奥様。
やはり日本では手に入りにくい、925シルバーの板やワイヤー、
インディアンジュエリー作りのためのサプライを買いにみえたのです。
お聞きすればほぼ3週間のアメリカサウスウェスト、
インディアンジュエリーとトルコ石を探す旅。

閉店まぎわにスティーヴから電話。
自分の家に日本からのお客様が来ているので、仕事が終わったら
来ない?というお誘い。

スティーヴのスタジオは仕事場からも近いので行ったことは
ありましたが、自宅を訪ねるのは初めて。
お家もスタジオほどではないけれど、すぐ近く。

スティーヴも奥さんのマリアンもアーティストのお家らしく
すてきにデコレイトされたリビングルームで待っていたのは
群馬からいらしたご家族。
ちょっとシャイな小学校6年生の息子さんはフレームの外・・・。

こちらのファミリーのだんな様はレザーショップのオーナーで、今回
東京であった<ホピ・ズニショウ>のお手伝いをされたのだと。

そんなこんなでみんなでダウンタウンのピザレストランへ繰り出し、


当たり前ですがとても大きなLARGEピザを2つオーダー。
これはそのうちのMEXICAN DELUXEというピザ。
レタスとトマトがのっているのはCALIFORNIA PIZZA KITCHEN の<BLT>
に似ていて、私はこちらが気に入りました。

考えてみれば私が今の仕事場で働いていなかったら起こり得ない
こういう楽しい出会い。
スティーヴ夫妻を含め気持ちのいい(<GOOD HEART>そして
<PLEASANT>な)人々と過ごす時間の楽しさ、心地良さ。
日本から来られる方々も含め、ここでの出会いは小さな(あるいは大きな?)
<環>につながって行くものであるような気がします。
いえきっとそうなると思います。

コンサートの最後のパフォーマーではないけれど、
みんなに心からありがとうです。



2010年11月11日木曜日

中国製の数の多さに今さらながら驚き

全米規模のディスカウントショップの1つにROSSがあります。
同じ系統のお店のTJMAXX やMARSHALLSに比べて
置いてあるもののブランドや質がちょっと落ちる。
例えば他の2つのお店と同じブランドものもを置いていても
ROSSのものの方がお値段も低いものを取り扱っている
という感じです。

今日はストアクレジットもあったのでROSSへ久しぶりに行きました。
結局クレジット分以上に買い物しちゃったのですが、
けっこうゆくりと衣類などを見て回りましたが、見た中のほとんどの商品が中国製。
私が今日買った衣類(ナイキ、リーボックを含む)5点のうち、
1つは台湾製、もう1つはカンボジア製、あとの3つは中国製でした。

考えてもみてください。
世界中(その中でもアメリカは群を抜いているでしょう)で売られている
<もの>の、一体どれだけが中国という1国で
生産されているか・・・。
有名ブランドから弱小ブランドまで。

こういう形態なり体勢って経済的に<健康的>なわけはないですよね?
と言うか、不健康、異常と言ってもいいでしょう。
ここまで偏った生産形態が多少なりとも正常な状態に戻ることは不可能としても
せめて是正すべく、各<先進国(のメーカー)>はもっと努力すべきなのではないのか、
と思ったしだいです。
現地生産で安く上がれば、それでいいのか、
生産国の労働者の労働条件は、生産工程は
などなどついつい考えてしまうのです・・・。

そう言えば先日ロサンジェルスで買ったファイテンは日本製、
少し前にスリフトショップで買ったアナログの卓上時計はアメリカ製でした。




2010年11月10日水曜日

ホピの友人の死


お昼過ぎに仕事場に電話がありました。
マーカスからでした。
奥さんのRUTHが先週の木曜日に亡くなったと。

上の写真は6月に撮ったもの。
がんは進行していたものの、この時はまだ元気だった。
8月に急に入院してこの時から体にチューブを入れての
栄養補給になりました。
輸血をしたのが確か9月だった・・・。

先週の火曜日に肺炎を起こしたみたいで、
2日後の木曜日の夜7時半に逝ったんだとマーカス。

ホピの人たちは人が亡くなると、すぐに埋葬するのだそうです。
こんなことをこういうブログで書くのも、と思いながら
でもその不思議な一致に驚いて、こうやって文章にしているのですが、
日本でかつてされていた<土葬>で、亡くなった人の足を折り、膝を曲げて
座らせるかたちでお棺に入れる、それと全く同じ態勢にして、
手をヤッカのひもでしばり、
体全体を毛布でくるんで、頭のところをまたヤッカのひもでしばって、
そのまま埋葬するのだそうです。
日本のお墓参りのような習慣はない。
ただ5月のメモリアルデーにお花を供えたりはする。
ということです。

ランチタイムにコインランドリーで洗濯をしていたマーカスと
息子のニールに会いに行きました。
二人とも元気そうで少し安心。
先日お客さんがつけていて撮らせてもらったリングの写真を見せたら、
覚えてる、これは自分のだって。
きれいに撮れた写真を彼に渡して、作ってもらうことにしました。

ジュエリー、作らないとね、と元気付けたら、うん、せっせと作るよ。

そう、いっぱいジュエリーを作ってね、マーカス。
 それがあなたの仕事だから。
それをRUTHも望んでるはず。
55歳で死んじゃった彼女を悼んで、
写真を撮られるのが大嫌いだった彼女がOKして写した
今年の6月のマーカスとRUTHの写真をもう1度ここにのせます・・・。

彼女は決してにこやかな人ではなかったのですが、それは
彼女の照れ隠しというのを見抜いたのは私のつれあいでした。

去年の秋、彼女のホームのサードメサ、ホテヴィラであったバスケットダンスを
見に行った時、彼女のお母さんの家(お母さんはもう亡くなっていませんが)
に招待されました。
ホピの人たちはダンスがあると、母方の実家に集まります。
カチーナダンスは男衆のダンスなので、男性<夫>の実家に皆が
集まりますが、バスケットダンスは女衆のダンスなので、
この日はRUTHの実家に親戚、姻戚、たくさんの人が集まっていて
彼女も忙しく立ち働いていました。

ある時私が彼女にお手洗いに行きたい、とこっそり言いました。
すると彼女はどっちがしたいの?とまるで母親が子供にきくみたいに
私にたずねます。
ここにはね、トイレはないの。
(ホピの、特にプラザを囲む家などにはお手洗いのない家が
たくさんあります)
彼女が私に示したのは台所のすみの薄暗い一角に置いた、
ふたをしたバケツでした。

あの時の情景が今もはっきりと思い出されます。

RUTH、私があげた耳あてつき帽子を髪の毛がなくなった頭に
かぶったら、マーカスがそばで暖かくてちょうどいいねと
笑っていたね。

どうぞやすらかに・・・。