「このたび、カズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞されました。誠におめでとうございます。長崎県長崎市のご出身で、小さい頃にイギリスにわたり、作家活動を行ってこられました。日本にもたくさんのファンがいます。ともに、今回の受賞をお祝いしたいと思います」というコメントを発表した。
 安倍首相はさらに、東京工業大学の大隅良典栄誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞した折には、公邸から電話し「日本人として本当に誇りに思う。日本人が3年連続で受賞し、イノベーション(技術革新)で世界に貢献できたことをうれしく思う」と祝福、会話の細かな内容までが報じられた。
 カンヌ国際映画といえばベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭とあわせ、世界三大映画祭の一つである。そこでパルムドールを受賞した日本作品は1997年の今村昌平監督『うなぎ』以来で、21年ぶりの快挙だ。世界で栄誉を得た日本人を「誇り」として賛辞してやまなかった安倍首相は、今回ばかりは何故に沈黙を続けるのか?
◆是枝監督は政府に批判的だから無視された?
 記事はその理由をこう解説する。
「『万引き家族』は、長編作品として保守的政府への強烈な揶揄をした批評として受賞した。そして、是枝映画監督はこの国の過去の政治文化に対して強烈な批判をしてきた」
 是枝監督は2016年9月、ウェブサイト「Forbes JAPAN」のインタビューで、東京国際映画祭についてこう述べている。(参照:「Forbes JAPAN」)
「残念ですが、東京国際映画祭はいまだ『日本映画を売り込む場所』という認識が強い。国威発揚としてオリンピックを捉えるのとまったく同じです。『映画のために』『スポーツのために』と考える前に、『日本のために』を考えてしまう、その根本の意識から変えていかないと、映画祭もオリンピックも本当の意味での成功は成し得ないと僕は思う。
 助成も同じで、たとえばですが『国威発揚の映画だったら助成する』というようなことにでもなったら、映画の多様性は一気に失われてしまう。国は、基本的には後方支援とサイドからのサポートで、内容にはタッチしないというのが美しいですよね。短絡的な国益重視にされないように国との距離を上手に取りながら、映画という世界全体をどのように豊かにしていくか、もっと考えていかなければいけないなと思います」
◆フランスの保守系新聞が、日本の「自閉的」傾向を暗に批判!?
 つまり、安倍首相が進める「国威発揚」映画の推進を暗に批判しているのだ。さらに是枝監督は、海外メディアの取材で繰り返し日本の「貧困バッシング」への違和感を吐露し、日本を覆う国粋主義への警戒を表明している。安倍政権が進める新自由主義的改革や日本の右傾化に危惧を表しているのだ。
 フィガロ紙は最後に、安倍政権の対応を痛烈に批判した。
「カンヌ映画祭のあった日曜日に受賞した是枝監督のインタビュー記事が、ながながと日本の映画雑誌で報道されても、安倍首相及びその取り巻きの政治家からは一言も言葉が発されなかった。その翌日、月曜日になって、是枝監督の受賞記者会見について発したジャーナリストの質問に対して、ようやく『心から是枝監督の受賞を讃える』と答えただけだった。この称賛を述べた口元には醜い虫歯が巣くっていた」
 安倍第二次政権以降、「日本人はすごい、日本はすごい」という自画自賛が蔓延し、一方で安倍政権に対する批判めいたものには「反日」「左翼」「売国」というレッテルが貼られるようになった。フィガロ紙は奇しくも是枝監督のパルムドール受賞にあわせて、日本社会の「自閉的」傾向に違和感を表明したといえよう。