2019年4月8日月曜日

ホピへ 10)フェニックスは嫌いだ







セドナでジェッドと別れて、私はまた
179をI-17まで戻り、
ひたすらフェニックスを目指します。


フェニックスではまず

コスコでガソリンを入れて、
ホールフーズで濃いコーヒーを買う
ことに決めていました。


だって前夜には2時間半の睡眠しか
取っていなかったので、濃いコーヒーが
多少なりとも眠気へのヘルプになる
と思ったわけです。


でもこれはグッドアイデアではなかった。



ホールフーズでコーヒーを買い、
ほとんど飲まずにただ
ちょっと休憩をしただけだったのですが、
あっという間に外は真っ暗になり、
あれだけ夜に運転することを避けたかったのに、
結局、ホールフーズを出たのは
7時をまわっていました。

フェニックスはこの時間でもすでに90℉(32℃)。


ホールフーズを出て、Loop101を東に行く方向のレーンに入ったのに、間違えたと勘違い。

そのままフリーウェイの下を抜けて
行き過ぎてしまいます。

眠くはないけど、もう頭が
はたらいてないのです。


何もないところでUターン出来る交差点を探し、
Uターンをしかけたところに突っ込んで来た
大型トラックからすごい音量のクラクション。

私は別にじゃまをしたわけでもなかったのに。


やっとフリーウェイの入り口へ入るために
2度目のUターンをしようと信号
を待っていたら、
向かい側の車がパッシングしてる。


どきどきしながら何かと思ったら、
ヘッドライトを点けるのを忘れていたのです。


そうのこうのでやっとフリーウェイに乗り、
グーグルで検索した通りに、
60番と言うハイウェイに乗り換えられる
はずだったのに、いつまで走っても
60番が出て来ない。


フェニックス市内はまだまだ交通量も多く、
しかもトラックやトレーラーがいっぱいです。


彼らの飛ばすこと。


どうして?何で?と心の中で叫びながら、
空港に近づき、やっとIー10の標識。


ところがこれがまたその通りに走っているのに、
それ以降、なかなかI-10が出て来ない。


40分近くのロスでやっとI-10 Tucson
の文字を見た時のうれしかったこと!


それでもここからも気を許せません。


一番遅いレーンを走っていましたが、
それでもスピードが出せないのです、怖くて。


コーヒーを飲むどころではありません。


必死でハンドルを握り、
遅い私の車を追い越して行くトレーラー1台1台に、
アスクワレ(ありがとう)
と声に出して言いました。










途中工事中で道幅が狭くなっていたり、
片側にずうっとオレンジのタンクのようなもの
を並べてあったりで、
いっときも気を緩められません。


アパートの駐車場に車を入れたのは夜の10時。


緊張とヒヤヒヤの3時間近く。








今回のツーソンからホピへの行程での
全走行距離は781.1マイル(1257キロ)。


3泊4日でしたが、盛りだくさんの
長い旅でした。



ホピへ 9)少年Jedに会う



ホピからフラッグスタッフでI-17に乗り、
179番で降りて、
ウェストセドナに向かいました。

179もすっかり整備され、
時間もあったのでベルロックで写真でも
撮ろうかなと駐車場に入りましたが、
満パイです。

2回まわって空かなかったのでそのまま
出ました。


車も人もいっぱい。


何かもう全てがきれ過ぎて、
セドナじゃないみたい。


ホールフーズはこれまた以前と比べて
倍くらい拡張されて、
御多分にもれず、中にはバーも出来て、
昼時もあり、バーや食事の出来るテーブルは
これまた人であふれています。


しばらくハイチェアに座って買ったお水を
飲みながら携帯のチャージをしていましたが、
隣りのシニア男性二人は株の話。


後から反対側のテーブルについた若い男女3人組。
カップルは椅子に座りましたが、
一人の男性は椅子にも座らず立ったまま、
大きな声で喋り続けます。


何をしたいのだろう。
何をしに来たのだろう。


もともとリタイアしたちょっとリッチなシニア
の多く住むセドナですが、
ここに住みつく若い人はたいてい
ちょっとイカれた輩が多いのです。









時間を間違えて2時間近く待って
やっと現れたジェッド。








ジェッドから最後に借りた
ゴローズの特集本が引越しの整理で出て来て、
やっとジェッドの手に渡しました。


懐かしそうにページをめくっていました。








人生でこんなに髪を伸ばしたのは初めて、
と自分のコンチョで作ったヘアータイ
でポニーテールにしたジェッド。








ジェッドにも話しましたが、
一人の作家で私が一番たくさんジュエリーを
持っているのは彼なのです。


でも会ったからには何か新しいもの
欲しいです。


と言うことで今回は2つ目のハットバンド。


レアなシルバーのコインです。


久しぶりのジェッドとの再会。


いつ会っても同じ。


彼とは不思議に波長が合うのです。



「これからフェニックスに向かえば、
ちょうどラッシュに飛び込むことになる」
と言いながら、それを避ける行き方を教えて
くれましたが、コスコでガスも入れたいし、
と言いながらジェッドとお別れ。



後で大後悔する羽目になりました。

ホピへ 8)やっとの宴



今回、ホピのBaby Naming Ceremonyに参加して
感じたこと。

それは完全なるホスピタリティです。


昨日は夕方からパイをいくつ焼いたことでしょう。

そこに加えて、赤ちゃんの母親側の親戚たちが
次々と手作りの焼き菓子を持って来ました。


それは全て、父親側のファミリー、親戚
への「お土産」なのです。


室内でのセレモニーが終わると、
母親が赤ちゃんを抱いて外に出て、
二人で昇って来たばかりの朝日を浴びます。


母親と赤ちゃんは20日間太陽の光を浴びず、
21日目のこのセレモニーで初めて
外に出て太陽の下に出ることがかないます。








昨日、羊を殺した日も、
朝早くから集まって来た父親側の女性たち
の仕事がひと段落ついたら、
私たちは彼女たちに朝食をサーヴ。


30人近い人数に食事を用意するのです。


その後も作業は続き、
ランチも出しました。


大きなボウルに入れたシチューやサラダ
を何人かに1つづつになるように、
テーブルに運び、
飲み物を聞き、
さながらレストランのサーヴァーです。


イヴェットも含め、母親側の女たちも
私も、相手側に行き届いたサーヴィスをする
のに一生懸命です。



今朝はセレモニーの後、
まず父親側のファミリー、親戚の女性たち
に朝食を出し、
彼女たちが引き上げる際には
ブルーコーンの粉(これは母親側が相手側に
持たせる決まりになっているのだそうです)、
あとは金曜日に焼いたパン、
昨日焼いたパイ、
親戚が持ち寄ったケーキやクッキーなど
30人ほどの女性たち一人一人に
お土産として持たせます。








父親側の親戚一同が帰って、やっと私たち、
赤ちゃんの母親側の親戚が集まって食事です。







シチューは昨日捌いた羊の肉
とホワイトコーン(ホーミー)のシチュー、
ヌックイヴィキ。






イヴェットが自分の畑で採れたブルーコーン
を乾かして、(おそらく)実を1つ1つ外して、
手で挽いたブルーコーンフラワー。


赤ちゃんの父親側へのお土産用に
プラスチックのコンテイナー
に入れたものがジェラルドの工房兼ショップ
の床にたくさん置かれていました。


イヴェットが、帰る際に私にも
持たせてくれました。







何十人分もの食事、お土産用のパン焼き、
パイ焼き、お料理、
そして洗い物、片付け、
長女のセリーン、自分の姉妹を含め、
自分側の女衆の中心になって働いたイヴェット。


本当に本当にお疲れさまでした。


Baby Naming Ceremonyのことは聞いて
知ってはいましたが、
こんなに大きな、
そして大変なイヴェントだったとは
今回参加するまで想像もしていませんでした。


招待してくれたジェラルドに感謝。


そして仲間として一緒に手伝わせてくれた、
イヴェットや彼女の親戚の女性たちにも
感謝です。


何年かぶりにホピで過ごした2日半は、
心洗われる時間でした。


Asquali!!!



ホピへ 7)Baby Naming Ceremony







ジェラルドとイヴェット夫妻の初孫の
Baby Naming Ceremonyは明日月曜日。


私がこのセレモニーのことは聞いて知っては
いましたが、実際に参加するのは初めて。


昨日は母親のおばあちゃんの家で1日
パンを焼きましたが、
今日は赤ちゃんの父親が羊を殺して、
父親側の親戚の女性たちがその処理をしました。


ジェラルドは2頭の羊を手に入れていて、
朝の9時ごろには到着。


食肉の屠殺を見るのは実は
これが2度目です。


1回目はまだ子供が小さい頃、
共同購入した豚を屠殺するという男性の車に
便乗させてもらった時。


他の共同購入者からはひえ〜残酷な!
と言われましたが、
自分たちが食するお肉になる豚を殺す場面を
私は見届けたかったのでした。


プロの仕事は見事で、
素早く、クリーンでした。


そう言えばかつて住んでいたロサンジェルス
で見た古い映画。


ロシアのニキータ・ミハルコフ監督の
「ウルガ」というタイトルの映画で、
車が故障して動かなくなったロシア人の
運転手を救った内モンゴル人の羊飼いが
来客をもてなすために羊を殺します。


彼らにとってはそれが最上のもてなし方法なのです。


羊を殺し、捌いて行くシーンに、
アメリカ人の観客の女性が
うっとかきゃっと声を出すのですが、
シーン自体はとても静かで美しいのです。


そんなことを思い出させてくれた
ホピでのセレモニーのならわしである、
父親と父親側の親戚の男衆の、
羊を殺して捌くシーンを私は
目を凝らして見ていました。


いかんせん、ナイフが切れないのが
ホピらしいと言うか(笑)、
男衆は苦労していました。






殺した羊から取り出されたばかりの
まだ生温かいレヴァーを、
これ刻んで、と言われて、
すごい体験をしてるなあと思いつつも
これまた切れにくいナイフできざみました。


つるつるして、臭くも何ともないです。


ドイツ人が自分たちが飼っている豚を殺して
ソーセージを作る過程を
NHKの番組で見たことがあります。


血も使っていました。


内臓はもちろん、
ホピも血まで利用してセレモニーの
お料理に使っていました。


動物を殺すと言うことは
命をいただくこと、
とは何にでもに書かれたり言われたりする
ことですが、
ホピを見ていてもつくづく、
そう言うことなのだなあと感無量。


男衆も女衆もしょっちゅう冗談を
言い合いながら、
大きな羊2頭の解体は終わりました。


最初の写真は2番目に屠殺される羊です。







2019年4月6日土曜日

ホピへ 6)幸せそうな犬たち










今日、イヴェットの実家のデッキで、
温かい太陽の下ですやすや眠る犬たち。


ホピで飼われている犬たちは
幸せそうに見えます。


無邪気に眠るワンちゃんを見ていたら
こっちまで幸せな気持ちになります。


べたべた可愛がられもせず、
邪険にもされず、
家の外には自分たち用の小屋があり、
昼間は外で好きなように生きている
ホピの犬たち。


いいなあ。


ホピへ 5)ファイヤーキングのレアなボウル!








パン焼きの合間のランチ。

スープを入れたボウルを見てびっくり!









え〜〜〜、レアなファイヤーキングの
チューリップ模様のボウルではありませんか。









コンディションも抜群!


アンティークショップに出ていても、
チューリップの花の色が薄くなっていたり、
はげていたり、それでも
お値段はします。






あとでイヴェットのお母さんに聞いたら、
もう1つ小さいのも持っていて、
もう何十年も使っているのだと。


友人のマリィもセレモニーに呼ばれて行くと、
食事の際に、シチューを入れるのに
古いパイレックスのボウルを使っていますが、
ファイヤーキングを見たのは初めてです。


ホピでは古いファイヤーキングもパイレックス
も現役です。

ホピへ 4)バスケット







イヴェットの実家のあるヴィレッジでは
来週末にバスケットダンスがあるということで、
家の外のデッキには採って来たヤッカ(ユッカ)
の束がたくさん置いてありました。








ヤッカを染めています。


以前は天然の染料を使っていたけれど、
染まりが薄いので今は人工のものを使うのだと。







お店で買えば値段の張るバスケットですが、
ヤッカが群生するところへ出かけて行って、
いっぱい摘んで、きれいに洗って、
というところから作業が始まっていること
を思えば、値段が高くなるのは当然でしょうね。


こんなに手間と時間ががかかっているのですから。










これはカゴではなく、鍋敷き、
もしくは壁にかけるデコレーション
だということですが、
鍋敷きになんてもったいない(笑)。










まわりをきれいに切りそろえて完成。








こちらは裏側。








こんな風に編んで行きます。








彼女がつけていたジェラルド作のブレスレット。


なかなか良かったです。