2010年9月3日金曜日

5.47kgの蜂蜜

8月の後半は怒涛のごとく過ぎました。
書きたいことがたまって行くのに、このページを開けてじっくり文章を
考える時間が取れない。
たかがブログ、されどブログ。
ここが唯一、私が本当の私と向き合える場所なのに、それが出来ないイライラ。
この蜂蜜を買ったのは数週間前の日曜日のファーマーズマーケット。
例のメキシカンのご夫婦の蜂蜜屋さん。
これは今年の初夏に収穫したワイルドフラワーの蜂蜜。
採れたてです。
冬の間、蜂蜜を切らすのがいやなので、いっそのことならと
1番大きな瓶詰めを1つ確保しました。
瓶の高さは25cm、直径は15cmあります。

私はアガヴェシロップも使いますが、やっぱり蜂蜜が好き。
紅茶にもジャム作りにも甘味は蜂蜜を使います。

アースマラソンで寛平ちゃんが東ヨーロッパを走っていた時に出くわした
蜂蜜屋さんのおじさんが言っていた言葉が忘れられません。
「蜂がくれるものはすべて、体にいいんだ」

ロイヤルゼリー、ビーポリン、蜂蜜、のセットを今は毎朝飲んでいます。
蜂に感謝!!

2010年8月22日日曜日

桜桃

<・・・ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、
いまいましさで飲む酒のことである。いつでも、自分の思っていることをハッキリ
主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この
理由からである。)>
(  )の中から察するに、太宰は女性は自分の思っていることをハッキリ
主張できる人が多いから、そんなに酒を飲まなくてもいい=酒飲みが少ない
と思っていたのでしょうか。

 私にはヤケ酒が多い。
仕事場でいやなことがあった日にはワインの量が増えて仕方がない。
体に良くないと思いつつ、悔しさについぐいぐいとワインをついで
しまう。
 英語で主張することのもどかしさ、イライラが結局家に帰ってからの
ワインに変わるんですよね。
とは言え、「太宰は酒飲みやからそんな風に書くんやろ。酒が飲めない
やつはどうするねん」とは我がつれあいの弁。

<私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の
確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は
沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手さに気がつき、・・・
いろいろさまざま考え、ついヤケ酒という事になるのである。>

 英語で言えば perfectly totally 私の気持ちを代弁してくれてるよ、太宰。
これです。これなんです。

 もちろん私だって楽しく、気持ち良くワインを飲むときだってあります。
そうじゃないとワインに悪いじゃないですか・・・。

 私が読んでいるのはちくま文庫の太宰治全集です。確かロサンジェルスの
ブックオフで買ったはず。
 若いとき1つか2つの作品を読んだだけで(なぜか?)太宰が嫌いに
なった私は、今、太宰にのめり込んでます・・・。
 

 

ほんの少し模様替え、JB、ビリー・ホリデー


下の金色のフレームに入っているのは13年前にサンタモニカであった
ジャクソン・ブラウンのソロコンサートのパンフレット。
あれからもうそんなにたつなんて・・・。
まだリハーサルも開始していない当日の午後、
会場のサンタモニカシビックの開けっ放しの裏口から入って行ったら
JBがいて、確かこの時はチケットが売り切れていて、
彼が手配してくれたのでした。
フリーウェイの入り口やLAX、サンタモニカの駐車場で
何度か偶然に会っているJB。
あのあたりに住んでいたからでしょうが、それにしても
よく出会ってるよなぁ。
今は昔の、なつかしいLAです。


            土曜日のランチタイムに久しぶりに行ってみた
Salvation Army のスリフトショップであった
古い手作りの本棚を買いました。
ちゃんとした木材で作ってあり頑丈そうです。
これでリヴィングルームの一隅を模様替えしました。
ここは一応つれあいのコーナーなので、元々飾ってあった
サインボールやサイン入りベースボールカードを並べて
本は入れ替えました。
レコードプレーヤーやスピーカーも少し動かしたので
ちゃんと動くかテストがてらかけてみたビリー・ホリデー。
真夏(みたいに暑いんです)に聴くにはぴったりだと思います。

☆

暑い夏の日にふと聴きたくなるのはジャニスの<サマータイム>。
そしてビリー・ホリデーです、私は。

イヤリングを作りました

ネックレスを作るのは好きなのですが、イヤリングって
何だか上手く出来ないので、あまり作ろうとは思わない私が
スクラップで買ったオーム(サンスクリット語)のチャームと
ホランダイトというクリスタルでイヤリングを作りました。

☆

仕事場にはシルバースミスたちがシルバーのスクラップを持って来て、
その代金でまたシルバーを買うというシステムがあります。
作品を作ると出てくる切れ端やカットした時に出る粉、
あるいは作り損ねた作品のかけらなどをためておいて
それをトレードしに来るのです。
お店ではそれらをクリーンスクラップとファイリングの
2つに分けて買い取ります。
銀そのままのものはクリーンスクラップ、
その他はファイリングです。
私が買ったこのオームの文字のものもファイリングとして
トレードされたもの。
以前ホピのお客さんが持って来たスクラップの中に
あったのは、古いだけで何の問題もないペンダント。
買って裏のホールマークを見たら、私の好きなホピのアーティスト、
マーカスのお父さんの作品でした。
たまに掘り出し物に出会えるスクラップ。
従業員ならではの楽しみかも。

2010年8月20日金曜日

チャーチルチャイナ

少し前にスリフトショップで買ったイギリスのお皿。
デザートプレートです。
茶色ってあまり好きではない色ですが、これはスポードのパターンを
思い起こす柄と絵。コンディションもとても良かったので4枚
買いました。
ちらっとここのウェブサイトをのぞいてみましたが、
デザインも新しいものばかりで、もうこういう
ウィローパターン的な絵柄のは作っていないようでした。
元(の絵柄)は中国なのでしょうが、私は初めてウィローパターンの
イギリスの紅茶カップを見て以来、この青と白のウィローパターンの食器に
病的に惹かれています。
最近はスリフトショップでもあまり見かけなくなりましたが。

知らないことって・・・Mason Jar とフリーメイソン


  久しぶりにのぞいた仕事場の近くのスリフトショップで見つけた
  今までに見たことのない、小ぶりのメイソンジャー。
  飲み物用です。
  形がかわいくて小さいというのもあり、しかも半額だったので
  つい4つ買いました。
  写真を写すのに、ジャーに書かれている文字を読んだら
  Shrine Association とあります。
  NAJAなんて書いてあるし、サウスダコタのラピッド・シティの
  地名入りなので、何かネイティヴアメリカンに関係した
  団体なのかなと思ってちょこっと調べてみたら・・・。

  Shrine Association とはかのフリーメイソンの主催する団体でした。 
  えっそれならもしかして、何度もアカデミー賞やグラミー賞の
  受賞会場に使われた、LAのシュラインオーディトリアムも?
  と調べてみたらやはりそうでした。
  
  なるほど、フリーメイソン、からメイソンジャーとなるわけですか・・・。
  ちなみに私もジャムを作って保存するのにたくさん
  持っているMason Jar は1858年にジョン・メイソンと言う人が  
  作ったものらしいです。
  彼とフリーメイソンが関係あるのかどうか、そこまでは
  わかりません。
  
  フラッグスタッフの町の東側にあるモーテル< Travelodge >には
  Mason Jar という名前のバーがあります。
  このジャーでお酒を出すからこの名がついたのだと
  ここに引っ越して間がない頃、わざわざ中に入って
  ウェイトレスにきいた時の答えです。

  買ったジャーは買ったスリフトショップにまた寄付しに
  持って行きましょう。
  何だか、ちょっとね・・・。
  
  

2010年8月18日水曜日

日曜日のレースでもらったもの

これがこの日のレースのTシャツです。
レジストレーションをすませて参加費を払ったら、このTシャツをくれたので
すぐに着て、これを着てこの日は走りました。
それとこのゴム製のブレスレットは最初にナイキが作った
黄色い<LIVESTRONG>からの流れで、同じ種類のもの。
がんになったロードレーサーのランス・アームストロングから来ています。

☆

<CLIMB TO CONQUER CANCER>のイベントとして
この町でもアメリカがん協会が、女性に呼びかけてサンフランシスコピークスに
登る日があります。
ここへ引っ越してここのオフィスを数度たずねたことがあるのですが、
何か対応があまり感じ良くなくて、
しかも自分がスポンサーを探して、寄付を募るというシステムも
私には出来そうもなくて、参加したことはありません。
それに何百人もの人と一緒に歩くというのも私には向きません。
それよりは少しでもホピの人たちのために何か出来たらと
私はこちらのレースに参加したのです。
現に私の大好きなアーティストでもあり、友だちでもあるマーカスの奥さん
RUTHも脳腫瘍と闘っています。
私はこの日、何よりも彼女のために走ったのです。
それにCLIMB THE MESAというのもホピらしくて気に入りました。
だって確かにセカンドメサを上りましたからね。

☆

メサを上って舗装はされているけど上りの道路を走り、そしてああ、ここに
出て来るんだと思ったら、タイミングよくジェラルドの家から
奥さんのイヴェットが出て来て、大きな声で名前を呼んだら、
私に気がついて、ジェラルドのスタジオの窓から私の名前を
呼んでくれました。

☆

レースの始まりはホピ語でお祈りのようなものをささげていたのか、
私には何を言ってるのかわからなかったけれど、
みんな頭を下げて聞いていました。
ゴール地点にはテントを張ってドラムと歌を歌ってくれる人たちもいて、
それもホピらしくて心地のいいものでした。
ボランティアがいっぱい出て、小さな、手作りのレース。
これが1番です。
そしてそれはホピのレースに限ります・・・。