2017年9月2日土曜日

ハードミュージーアムで観たもう1つの展示はフレッド・ハーヴィーコレクション








ハードミュージーアムでは、
フレッド・ハーヴェイの展示もありました。






















フレッド・ハーヴィーは17歳の時、
両親とともに
イギリスからアメリカへ移民として
移り住みます。


ニューヨークのレストランで
バスボーイ、ディッシュウォッシャー、
ラインクック(シェフの次のコック)
などをして、
1800年代後半にはサンタフェ鉄道沿い
の町にレストランをオープンさせます。


ハーヴィーガールと呼ばれる
ウェイトレスをおき、
ギフトショップではナバホの作るジュエリー
を置いて売り出しました。



それが今で言うハーヴィーコレクション。










これはサンタフェ鉄道沿いに
あったホテルの位置関係を示す絵。








たくさんはなかったですが、
当時のジュエリー。








ズニの古いインレーのピン。

素敵です。








これはかチーナ?









ホピのマンタ。

マンタはカチーナダンスで
カチーナが腰に巻く手織りの織物。


1900年代前期のものだと。


素晴らしいですね。



作者不詳でした。








フリーダのファッションとジュエリー









フリーダは絵だけではなく、
私は彼女が身につけていたジュエリー
も含めて、そのファッションも大好きです。


ハードの中の会場には
フリーダの絵と写真も展示されていました。


⬆️の写真もその1枚ですが、
ベッドに横たわる彼女の左手の指全
てにはめられた指輪。


絵を描くフリーダ、
庭でペットの動物を抱くフリーダ、
どの写真を見ても、
いわゆるメキシコのインディオの民族衣裳
をまとっています。



会場にはフリーダのファッション
(のレプリカ)も展示さていました。
















どれも素晴らしいです。











この写真で着ているブラウスも
メキシコのどこかのインディオ
のトライブの刺繍入りのもの。



20年近く前に行ったオハカで見た
様々な刺繍をほどこされたブラウスや
ドレスを思い出します。




私も普段うちにいる時も
フリーダのようにちゃんとジュエリー
も付けて、
少なくても家用のリラックスファッション
ではない服装で過ごしたいですが、
なかなかねぇ‥‥(苦笑)。




トランプ夫人の場違いなピンヒール、これが日本でなら‥‥



写真はニューヨークタイムズからです。






フェニックスに発つ日の朝見た
ニューヨークタイムズのニュース。


ブログにアップする時間もなく出発したので、
ちょっと新鮮味には欠けるかも知れませんが、
これを見てください。


テキサスにハリケーンハーヴィーの
被害状況の視察にAF1で行ったトランプ。

奥さんも伴って。


その奥さんのこの服装。


見ても怖そう(折れそう)なピンヒール。


被災地の状況や被災者からあまりにも
かけ離れた、
現実味のないハイヒール
と取りざたされていました。


頭、おかしいとしか思えません。


普通なら、例えばミシェル・オバマさんなら、
もう少し活動的なアウトドアブランドか
作業着に近いウェア、
足元は長靴か、少なくてもスニーカー
だったでしょう。



参った参った。


何を考えてるの?


この甚大な被害の最中に。



それでもメラニア夫人の代理人曰く、
テキサスの人々からは
彼女のピンヒール、大丈夫かしら
と言うコメントをたくさんもらったのですって。


ほんとかしら?


日本でだったらバッシングの嵐でしょうね。



















フリーダの描いた「自由の女神」









<無題(原子爆弾)>
と言うタイトルのフリーダのスケッチ。

第2次世界大戦後の1951年の作品です。







説明にはフリーダには珍しい、
政治がテーマの作品だとあります。


特に大戦後にアメリカで吹き荒れた「赤狩り」、
書かれてはいませんが、1950年代の
マッカーシズムをイメージしてこの
自由の女神を描いたのでしょう。


刑務所の上に立つ自由の女神が掲げた
右手には原子爆弾、
もう片方の手にはお金の入った袋。



アメリカの「エスタブリッシュメント」を
新しい形態の独裁主義だと
フリーダは描写したのだと。










こちらは1946年の作品。














タイトルは「自由」です。








2017年9月1日金曜日

益々メキシコに行きたくなる‥‥

























フェニックスへ







水曜日、アルバカーキから車で
7時間以上かかる
アリゾナ州のフェニックスへ
1泊2日の小旅行に。

とある目的のため。










アリゾナ州に入るとすぐにある
レストエリア。

まだ朝早くて、
こんな大きなキャンパーを牽引した
オレゴンから来たトラックも、
きっとまだみんな眠っていたのでしょう。


他にも大きなキャンピングカーが数台
停まっていました。


エコカーだの電気自動車だのと言っても、
アメリカ人はガスを排出しまくる
こんな大型RVが大好きなんですね。









アリゾナに入ると時間が1時間戻るので
行きはちょっと得した気分。


フェニックスに着いたこの時点で
7時間35分のドライヴ。


そして気温は105°F。
摂氏40.6℃は、外に出ると
さすがに肌がヒリヒリ焼ける感覚です。



これを観るために7時間車を飛ばして








ことの始まりは、サンタフェインディアン
マーケットへ行く前の週に行ったコスコで、
レジに並ぶ前に、近くにある雑誌のラック
で手に取ったsanta feanという雑誌の記事でした。


ちょうどサンタフェに行く前だし、
めったに見ることもないので、
santa seanにでも目を通そうかな
と開けたのでしたが、
たまたまそこに載っていたのが
毎年3月にはインディアンジュエリーのショウ
が開催される、
フェニックスのハードミュージーアム
でのフリーダ・カーロと
ディエゴ・リヴェラの絵の特別展覧会でした。


当初は8月25日までとされていたので、
サンタフェに行ったあと、
連続でフェニックスまで行く計画でした。


でも再度ハードのウェブサイトをチェック
したら、好評につき展示が延期された
とのニュース。


それならと8月の最終週に
行くことにしたのです。









ハードの入館料とは別に、
特別展示用の料金も支払って、
ピンク色のステッカーをシャツの胸に
貼り付けて入館です。











展示場に入るとすぐにあった
このフリーダの言葉。

ちなみにひまわりはディエゴの代表作です。


ディエゴは私のすべて、

私の子ども、私の愛人、そして私の宇宙。



何度も裏切られ、
自分の妹にまで手を出したディエゴ。


それでもの彼に対するこの言葉。


どれだけ強い愛情だったことでしょう。













フリーダの描いたディエゴの肖像画
(の一部)。








自分を描き続けたフリーダ。


はるばるメキシコからやって来て、
世界中を旅したフリーダとディエゴの絵たち
の最終停泊地がフェニックスの
ハードミュージーアムでした。