そこへすっと車を停めた白人の若い男性。 ふ~ん、こんな車に乗ってる人、今どきでも いるんだ・・・と思わずシャッターを切りました。 これってNOVAかな? |
北アリゾナ、標高2100メートルのフラッグスタッフに10年暮らし、家族で初めてアメリカにやって来て住んだサンタフェの町から103キロ南、ニューメキシコ州最大の都市、アルバカーキに3年、そして再びアリゾナの地に戻り、サンタフェ→LA→アンカレッジ→LA→フラッグスタッフ→アルバカーキ→ツーソンと30年目のアメリカ生活は続きます
2012年6月7日木曜日
ロサンジェルス その2)デザートヒルズのアウトレット
グッチやプラダなどのブランドも入るアウトレットですが、 私が今回、唯一寄りたかったのは ロクシタン。 |
ルクルーゼも今持っているので十分なのでパス。 |
こういう定番の商品も置いているのですね。 |
日本ではなかなかのお値段でした。 ここの乾燥した気候でお肌もかさかさ。 クリームもつけないとね。 |
ロサンジェルス その1) パームスプリングスの風力発電(所?)
いつ通っても壮大なパームスプリングスの 風力発電の風車。 ここでどれだけの電気が作られて どこへどのくらい供給されるのか、調べたことは ありませんが、ツアーがあるみたいです。 |
風の強いフラッグスタッフもたまに自社ビル用 小型の風車を立てているのを見かけますが 数はとても少ないです。 やはり太陽光発電用のパネルの方が コスト的にも手軽なのでしょう。 |
2012年6月2日土曜日
十二夜の月、虫の鳴き声
朝ジムに行っただけで、あとは 陽も落ちた頃、リサイクルごみを出しに 外へ出ただけの1日。 満月に近い月が出ていました。 |
ようく見たら少し欠けているのがわかります。 |
フラッシュをたいて撮ったら、欠けているのは 一目瞭然です。 |
初めてのことに挑戦、母もうすぐ81歳
母からメールが来ました。
長い文章です。
耳が遠い母は電話でのコミュニケーションが
たいへんで、妹が携帯メールの打ち方を教えました。
かなり何度も教えたらしいのですが、
何とか書けるようになり、今は電車の中でも
メールが届けば返すほどになりました。
その母から何と絵文字入りのメールが
届いたのです。
2種類だけでしたが、新しいこと出来たんだね、
お母さんとPCのモニター上のメールに思わず拍手。
お母さんとPCのモニター上のメールに思わず拍手。
私は私で i Pod Touch に入れる音楽をと
CDを i Tunes にインポート中。
明日からのLA行きに備えて、車で
i Pod Touch を聴けるように。
これも簡単とは言え、私には初めての経験です。
今はただせっせとCDを次から次と入れ替えています。
カセットテープを入れるウォークマンに
始まって、CDウォークマン、MDプレイヤーと
携帯用の音楽を聴くディヴァイスも大きく変わって
来ました。
フルマラソンを走らなくなってからは
あまりそういったディヴァイスも必要ではなくなり、
i Pod が発売されてからも私たちにはあまり関係のない
もので終わっていました。
携帯用の音楽を聴くディヴァイスも大きく変わって
来ました。
フルマラソンを走らなくなってからは
あまりそういったディヴァイスも必要ではなくなり、
i Pod が発売されてからも私たちにはあまり関係のない
もので終わっていました。
でもやはりたとえ10キロでもレースを走る時、
そしてトレーニングで走る時も
音楽があった方がいい、音楽の力でもう少し
走れそうな、頑張れそうな気がすることがある。
(私が苦しくなったら口ずさむ
<インターナショナル>のように)
と言うわけで一生懸命、家にあるCDを
(ジャズはまあちょっとこの際ははずして)
全部ではありませんが、インポートしています。
☆
この人生においてこれまで、本当に悲しい思いを
したことがある。・・・でもそのたびにそこには
何か特別の音楽があった。というか、
そのたびにその場所で、僕は何か特別の
音楽を必要としたということになるのだろう。
と村上春樹さんも書いておられます。
たとえ一過性、ヒットしてすぐに忘れ去られる
曲であっても、たまたまあなたの、私の
ガッツを刺激してくれる場合もあります。
音楽って不思議ですね。
さてあとはどれを入れようかしら・・・。
2012年6月1日金曜日
また逢う日まで
歌手の尾崎紀世彦さんが亡くなったというニュースを
見ました。
69歳ということです。
1971年の大ヒット曲「また逢う日まで」は
日本人離れの風貌と歌声で歌い上げて、
オザキキヨヒコという歌手の名前は日本中に
知れ渡ることになりました。
私はこの年のNHK紅白歌合戦での尾崎紀世彦さんの
歌声がなぜか今も鮮明に記憶に残っています。
阿久悠作詞、筒美京平作曲という、
当時のゴールデンコンビの楽曲。
1971年と言えば昭和46年。
高度経済成長まっさかりの日本でした。
このブログを読んでくださる方、今日初めて
ここに行き合わせた方、1971年、
あなたは生まれていましたか?
小学生、中学生、高校生、あるいは大学生、
あるいはすでに働いていましたか?
あなたのご両親は出会っていたでしょうか?
そんなことに思いを馳せた私です。
6月のフリーダ
「Dr. Eloesser に捧げる自画像」と題された1940年の作品。 プライヴェートコレクションです。 いばらのネックレス、手のイヤリング。 可憐な花のヘア飾りのバックは灰色。 Dr. Eloesser はフリーダを診ていたお医者さんで 最初はフリータのだんなさん、ディエゴの友人でした。 1930年から31年に二人はサンフランシスコに住んで 芸術活動に携わり、その時にフリーダは このドクターにかかります。 フリーダは彼にかなりの信頼をおき、 <わが愛するドクター>と呼んでいたようです。 その時にフリーダが描いた Dr. Eloesser のポートレイトは 今はサンフランシスコジェネラルホスピタルの 所蔵です。 http://youtu.be/ou0EOcpdJm4 |
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