今回のLAでの買出し&友人に会う旅で
印象に残った人が二人います。
一人は、リトル東京のかつてのミツワ(ヤオハン)が
韓国系のギャラリアマーケットに変わっていて、
そこで親切に私が探している物の置いてある場所を教えて
くださったキムさんです。
お歳は60代くらいでしょうか。
私が探していたものは1階のグロサリーのフロアにはなくて、
雑貨は2階だからと、キムさんはわざわざ2階まで
一緒に来てくれて、探し物を2階のお店の韓国人の店員さんに
きいてくれました。
日本語がお上手ですね、日本に住んでいらしたことが
あるのですか、とたずねたら、そうだとおっしゃっていました。
☆
私もロサンジェルスにいた頃はコリアタウンのギャラリア
マーケットに時々買い物に来ていました。
それがこのリトル東京のミツワを買い取ってギャラリアマーケットに
なっていたのはきいて知ってはいましたが、
場所がら、日本人のお客さんも多いことでしょう。
このキムさんのように、日本語が話せるスタッフがいたら
日本人は何かと助かることでしょう。
ていねいな物腰、人当たりのいい、温和な感じの
こんな方がいるのはとても有難いですよね。
☆
もう一人はニジヤマーケットで、行けばいつもどっさり買い物をする
私たちを色々とヘルプしてくださるKさん。
フロアでふと韓国人のお客さんと韓国語で対応しているKさんを見て
私たちは???。
お話を聞くと彼はいわゆる<元>在日韓国人でした。
3歳で両親に連れられて日本に来て、中学生(か高校生。
すみません、はっきり覚えられていません)の時家族で
日本に帰化されたとのこと。
大学時代に韓国語を勉強して、彼は謙遜されていましたが
私には流暢に聞こえました。
場所がらサウスベイエリアも韓国人が増えています。
Kさんのようなスタッフがいたら、これまたコリアンマーケットでの
キムさんのように、韓国人のお客さんにはうれしいでしょう。
☆
それにしてもKさんは(元在日だと言われても)全く
日本人にしか見えませんでした。
私がそう言うと、
中国残留日本人孤児は日本に戻って来ても
中国人に見えるでしょう。
人間、育ち、環境ですから、と軽くおっしゃっていました・・・。
いつもてきぱきと仕事をされて、氷やら何やら、
私の要望にいつも応えてくれる
Kさんご自身のお話にびっくりした私たちです。
☆
どういういきさつ、生い立ちがあっても、2ヶ国語(二人のKさんは
英語を含めて結局3ヶ国語ですが)が出来るって
いいなあと感じ入った私です。
言語はコミュニケート出来たら、それでいいんですよね。
ダウンタウンのアースカフェで、アクセントはあっても
一生懸命英語でサーヴしたり話かけてくれるメキシカンの
スタッフにも何か、感動すらした私。
下手でも上手くない発音でも、一生懸命の気持ちが伝われば
それでOK。
ほんの少しのアクセントの場所や発音が違うからと
ハァ?を繰り返すアメリカ人とはえらい違いです。
そう言えば今日、仕事場のお店に来たベルギー人のお客さんも
(当然)フランス語訛りの英語を話していましたが
メートル法の話でちょっと盛り上がりました。
今やイギリスとアメリカだけでしょ、ややこしいインチや
フィートや華氏を使うのは。
頑固ですよね、と私が言うと、まあゆっくりね、何て、
私と違って寛容な言葉。
いいなあ、ベルギー人って。
若かりし頃のソフィア・ローレンに似てるわね、と私が
目元がよく似ている娘さんのことをそう言うと、
それをフランス語で奥さんと娘さんに通訳していました。
☆
宝島から<道具としての英語>が初めて出版されたのは
いつごろのことでしょうか。
言葉はコミュニケーションの道具。
コミュニケートして心を通じ合わせるだけなら
伝わればいいのですよね。
そして伝わっていることがわかれば、いくらでも
話し続けられるものなのです、言葉って。